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真剣師、小池重明の魔手、5八歩

小池重明の5八歩
Pen : PeliKan - M400 (F)
Ink : Pilot – Cosmos

☗5八歩。観戦記者の今福栄氏は 「念力の歩打ち」 と書いたが、受けるにはこれしかない。
私の☗5八歩をみて、
「フフ、やっぱりね」
森棋聖の顔がユルンだ。そして指された手は、☖5八同龍。
これが敗着であった。
正解は☖6六馬で、これが詰めろになっている。

小池重明 自戦記 (「将棋ジャーナル」 1991年3月号)
====================

「積ん読」 という言葉があります。「いつか読もう」 と買っておいたけれど、読まないまま本が積まれている状態のこと。官能作家、団 鬼六が著した「真剣師 小池重明」はそんな本でした。

真剣師 小池重明

最近、大阪南部出身の方と話す機会があり、通天閣の近くの将棋道場で平日の昼間から将棋に打ち込むオッサンたちの話でもりあがりました。それがきっかけとなって、「積ん読」 から、「真剣師 小池重明」 を手にとってみたのです。

読んでみたらメチャ面白くて、一気に読んでしまいました。

私が将棋に熱中していた子供の頃、アマチュア将棋名人戦で小池重明さんの名を見た記憶が残っています。私は頭の中にはNHKのTV放映のイメージが残っており、今あらためて、それがいつのことだったかを調べてみると、小池さんがアマチュア将棋名人戦の二連覇を達成した1981年の第35回大会であろう思われます。
小池重明 アマチュア名人

凄まじく、また、泥くさい将棋でしたが、アマチュアにはわかりやすい、手に汗にぎる勝負でした。

その後、小池さんの名を目にする機会は減り、そして突然、1992年、新聞で小池さんが44歳という若さで逝去された記事を目にし、「あの小池さんが亡くなられたのか」 と思ったことを覚えています。

今回、「真剣師 小池重明」 を読んでみて、伝説のアマチュア棋士、小池重明さんは、「飲む、打つ、買う」 に溺れ、人間としてはデタラメな破綻者だったことを知りました。しかし、将棋だけは天から授かった才能を持っており、その波乱に満ちた一生は、「小説よりも奇なり」 を地でゆくものであったようです。

複雑な家庭環境に育ち、中学生の頃、たいして将棋が強いわけでもない、義理の父親から教わった将棋が、小池さんのスタートでした。プロであれ、アマであれ、将棋の世界でトップに到達する人と比べ、このスタートは異例の遅さです。

やがて小池さんは将棋にのめり込み、高校を中退、アマチュアでありながら、賭け将棋で生計をたてる (というより食つなぐ)、真剣師の道を歩むようになり、アマチュアで頂点を極めます。特例でプロになるチャンスもありましたが、酒と (将棋以外の) 博打に溺れ、それも逃してしまいました。最後はサラ金に追われ、愛人にも逃げられ、文字通り野垂れ死に。

小池さんは将棋の勉強を全然しない人でした。部屋に将棋盤も無かったそうです。もっぱら実践で力を付けるのみ。将棋の序盤は勉強で差がつきます。このため、小池さんは序盤が弱く劣勢に立つのですが、終盤に逆転で勝つというスタイルを持っていました。このハラハラドキドキの逆転劇が、小池将棋の魅力なんですよね。

小池さんはアマチュアでありながら、プロを次々と打ち破り、「プロ殺し」 と称されました。

そのハイライトは、1982年に行われた、森棋聖を平手戦 (ハンディ無し) で打ち負かした試合です。

この年、小池さんはアマ名人を連覇した翌年であり、まさに最盛期。

とはいえ、森雞二九段も、当時、名人位、十段位に次ぐ格だった棋聖位をとっており、名実ともにプロのトップクラスでした。 (下の写真は若かりし日の森九段)
森雞二

いくら小池さんがアマ最強とはいえ、普通に考えればプロのトップクラスに勝つことはありえない話です。このため、小池さんの勝利は、プロ棋界にも大きな衝撃を与えました。

この試合、先手の小池さんによる無謀な攻めが失敗し、小池さんが5八歩と打った図の局面では、先手がほぼ負けの状況です。
小池重明 森雞二

冒頭に記しました小池さんの自戦記では次の言葉が残されています。

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☗5八歩。観戦記者の今福栄氏は 「念力の歩打ち」 と書いたが、受けるにはこれしかない。
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この言葉をみるかぎり、小池さんが5八歩と打ったときの心境は 「防御のためにやむをえず」 というようにしか解せません。

この5八歩に対して、後手の森棋聖は、5八龍という、信じられないような大チョンボを犯してしまいました。6六馬が正着で、プロの戦いならこれで先手は投了するでしょう。

この局面、森九段は、小池さんの死後、1997年2月7日に放映された 「驚きももの木20世紀」 で次のように述べています。

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「これが小池マジックというか、妖しいアレなんですよね。 (略) 私は(6六馬で)銀を取っても、(5八龍で)この歩をとっても、勝ちは勝ちと思っちゃたんですよね。この時はね。たしかに 『(小池は)こんなムダな手をやって(やりやがって)!』 っていう思いはありましたし、ここで私に(5八)同竜と取らせたことはね、私をカチンとさせたという、彼の、アレですよ、テクニックですよ。彼の魔力ですよ」
++++++++++++++++++++

森九段は、「5八歩は、小池の策略(ハメ手)だった」 と述べているわけです。小池さんの自戦記とは、大きなギャップを感じます。

いったい、どちらが本当だったのでしょうか?

私は森九段の言葉が正しく、小池さんはウソを記したと考えています。ホンネは、「森さん、たのむ、引っかかってくれ!」 と祈って5八歩と打ったことでしょう。

小池さんがこの自戦記を著した頃、彼はすでに肝臓を病んでいましたが、まだ自分が翌年死ぬとは夢にも思っていなかったはず。「先手5八歩」 はギャンブルとしての小池将棋の神髄を示す手ですから、今後の対局をにらんで、彼はそのタネを明かすことはできなかったのです。

森九段は、「驚きももの木20世紀」 の最後で次のように述べています。

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「今考えてみれば、まさに言い訳はできないです。ですから、彼に私のA級八段(の地位)を差しあげてもよかったんですけどね。いや、ただあの、もちろん言い訳はできないですけど、これから100回やれば、100回、私が勝つでしょうね」
++++++++++++++++++++

将棋をご存知ない一般の方が、この森九段の言葉を聞くと、ただの負け惜しみにしか聞こえないかもしれません。しかし、本当のところは、森九段が、「“(敵を欺く)ギャンブルの将棋” のマジックのタネはもうわかったので、今後、負けることはありえない」 ということを意味しています。

「☗5八歩」 というたったひとつの記号に、これだけのドラマ、関係者の思いが凝縮されています。小池重明さんは、プロ将棋とはまた別な、ギャンブル将棋というジャンルにおいて、その技を芸術の域まで高めた人と言えるでしょう。
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