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野球は”知能”の戦い、サッカーは”知性”の戦い

知性を磨く  150223
ペン  : アウロラ ― オプティマ (M)
インク : エルバン ― オレンジアンバー

田坂広志 : 知性を磨く

そもそも「知性」とは何か? 
実は、このことを考えるには、まず、「知性」という言葉と「似て非なる言葉」があることを理解しなければならない。
では、その「似て非なる言葉」とは何か?
(中略)
「知能」
その言葉である。
====================

田坂広志さんの本は、これまで何冊も読んできましたが、いずれも、その本代と読書時間のコストを、はるかに上回るリターンをもたらしてくれる本ばかりでした。この「知性を磨く」も多くの学びを私に与えてくれました。

田坂さんは本書において、「知性」と「知能」の違いについて、次のように述べておられます。

++++++++++++++++++++
「知能」とは、「答えの有る問い」に対して、早く正しい答えを見出す能力。

「知性」とは、「答えの無い問い」に対して、その問いを、問い続ける能力。
++++++++++++++++++++

この言葉を眺めていたとき、自分の中で見えるものがありました。

「村上 龍も苦しむ『サッカーを表現する』ということ」 や 「サッカー型組織がプロフェッショナルを必要とする」 などでお伝えしたことと重なりますが;

― 野球は「知能」の戦い、サッカーは「知性」の戦い ―

ということです。

もちろん、これは極論ですから、野球にも知性の戦い側面はたくさんあるし、サッカーにも知能の戦いの側面もたくさんあるはずです。

しかし、データ分析が勝敗の鍵を握る野球と、それが野球ほどの重要性を帯びないサッカーの違いは、皆さんご賛同いただけると思います。

データ分析こそ、まさに知能戦です。アメリカンフットボールも野球とよく似た、データの戦いです。国そのものが未開の地において人工的に作られ、徹底した合理主義により進化を遂げてきたアメリカにおいて、知能戦の野球とアメフトが国民スポーツになったのは、極めて自然のなりゆきでした。

こうした流れもあって、アメリカ人にとって、データも少なく、「どうやったら勝てるのか」 という正解が見えないサッカーは、長い間、人気のないスポーツだったのです。

ところが面白いことに、近年、アメリカでサッカーの人気が高まってきています。特に女子においては、サッカーをプレーすることも観戦することも、大人気のスポーツになっています。

この背景には、ヒスパニック人口の増加や、ワールドカップにおけるアメリカチームの善戦といった要因があると言えるでしょう。

しかし、私は、アメリカ人自身が「知能の時代から知性の時代へ」という、大きな世の流れを深層心理で感じており、それがサッカー人気の高まりを呼んでいるように思えてなりません。

世の中はあまりに複雑化してしまったため、ビジネスにおいて、正解が見える業務はどんどん減っています。正解が見えない業務の比率が増加する中、誰もが悩みながら自ら考え、判断していかねばなりません。

現代社会におけるサッカー観戦は、そんな悩めるビジネスマンにとって、「日々、知性の戦いをする自分」を投影する場としての一面があると言えそうです。
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