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日本人が論理思考を苦手とする理由

文章の品格
ペン  : ペリカン  ―  M 1005 (M)
インク :  ペリカン  ― ロイヤルブルー

林 望 : 文章の品格

日本では古来、相手の名前を打ち付けに呼ぶのは非常に無礼なことだと考えられてきました。それは名前にはその人の魂が宿っているからで、そういう大切なものを安易に口にするのは、相手の生命を脅かすものだとさえ思われていたのです。
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林 望(リンボウ)先生の「文章の品格」を読んで、驚いたことがありました。

なんと、日本語には、英語の「You」に相当する二人称が無い、というのです。「文章の品格」には次のように記述されています。

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たとえば日本語には二人称が無い、ということをご存知でしょうか。いや、そんなことはないよ、「あなた・きみ・そなた・おまえ」いろいろあるじゃないか、と反論が聞こえそうです。
しかし、じつはこれらの 「一見二人称に見える言葉」 は、語源的に見れば、それぞれ 「そちらにいる人、たいせつなかた、そっちのほうにいる人、目の前にいる人」 とでも言うべき言葉で、英語のyouのように、それ自体が二人称の代名詞として存在していた言葉ではありません。
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そう考えると、英語の「He」に相当する「かれ」も、「かなたの人」が語源であり、最初は男性も女性も区別なく「かれ」と使われていたはずです。それが近代になってヨーロッパ言語の影響を受け、「She」に相当する 「彼女」 という言葉を作り、「彼」は男性のみを指すようになっていたのでしょう。

このように、日本で人称代名詞の利用が遅れたのは、冒頭にあげましたとおり、日本では人の名前を呼ぶのは無礼なこと、とみなされる言霊文化が原因でした。

現代において、こうした過去の流れを知る人はほとんどいないわけですけれども、会話や文章の中で人称代名詞を省いた方が自然に感じるシチュエーションが多い理由は、日本語のそのものの歴史によるのですね。

主語を省くのが自然な日本語では、その代わりに敬語が発達しました。この敬語の発達が、変化の激しい四季や豊かな自然と相まって、日本人独特の豊かな感性や情緒を育んだのでしょう。

外国人に日本語というミステリアスな言語について説明するとき、「日本語は主語をよく省く」 と話すと、「それでどうやってコミュニケーションが取れるの?」 と不思議がられます。今まで、それに対して返す言葉がありませんでしたが、これからはきちんと説明できそうです。

さて、日本語の特性は、その代償として 「日本人の論理思考の弱さ」 につながってしまいました。主語を省く言語である以上、文章や会話の構成はどうしても曖昧になってしまいます。

今後、あらゆる面において国際化が進展していく流れにある中で、外国人とコミュニケーションをとるうえで、日本人の論理思考の弱さは大きな問題となります。このように考えると、今後は義務教育段階で、論理学の基礎を学ばせる必要があると私は考えます。

しかし、時代の流れは、21世紀に入り、論理が支配した時代から、情緒が優勢になる時代に移ってきています。これからの時代、日本人がその本質として備えている情緒力は、圧倒的に強い競争力を持つことになります。

情緒力と論理力、この両者は、本来、相反するものです。どちらも高レベルで備えることができる人はごく一部に限られるでしょう。

したがって、論理力を鍛える、とはいっても、「情緒力はそのままに、しかし、論理力は弱点を補う程度に」 が適切な目標ということになるのではないでしょうか。
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