”コンビニ人間” を読んで

村上龍 芥川賞 選評

Pen : Piloto - Justas
Ink : Pilot – Kirisame

今に限らず、現実は、常に、見えにくい。複雑に絡み合っているが、それはバラバラになったジグソーパズルのように脈絡がなく、本質的なものを抽出するのは、どんな時代でも至難の業だ。作者は、「コンビニ」 という、どこにでも存在して、誰もが知っている場所で生きる人々を厳密に模写することに挑戦し、勝利した。

村上 龍 : 芥川賞選評

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第155回、平成28年上半期の芥川賞は村田沙耶香の 「コンビニ人間」 が受賞。文藝春秋、2016年9月号にこの作品が掲載されました。

コンビニ人間

芥川賞の作品なんて、私はこれまでほとんど読んだこともありませんし、普通は興味すら持ちません。しかし、今回は 「コンビニ人間」 という題名に魅かれて文藝春秋を買い、読んでみたのです (ずっと「積ん読」状態だったものを、最近、ようやく手にとった次第)。

読んでみた結果、予想どおり、、、というべきか、作者には申しわけないですけれど、作品のストーリーそのものに感銘を受けることはありませんでした。しかし、コンビニ店員の仕事を極めた人間が到達する、研ぎ澄まされた感覚の記述には、優れた絵画作品を見ている時の感覚と似たものがありました。例えば次の部分です。

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店内に散らばっている無数の音たちから情報を拾いながら、私の身体は納品されたばかりのおにぎりを並べている。(中略)
チャリ、という微かな小銭の音に反応して振り向き、レジのほうへと視線をやる。掌やポケットの中で小銭を鳴らしている人は、煙草か新聞をさっと買って帰ろうとしている人が多いので、お金の音には敏感だ。案の定、缶コーヒーを片手に持ち、もう片方の手をポケットに突っ込んだままレジに近付いている男性がいた。素早く店内を移動してレジカウンターの中に身体をすべりこませ、客を待たせないように中に入って待機する。
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小銭の音

様々な音が飛び交う店内において発せられるかすかな小銭の音。それに対して 「煙草か新聞!」 と、肉体&思考が条件反射してしまうコンビニ店員。

長年コンビニで働いた経験を持つ方の中で、その技を極めた方は、おそらくこのような境地に達するのでしょう。

しかし、無意識に反応できる店員さんは多くいても、それを言語化することに成功した人は、著者の村田さんをおいて他にいません。そこに芸術としての価値があると私は思うのです。

私が嬉しかったのは、芥川賞選考員会の皆さんの選評の中で、村上 龍さんの評価のポイントが、まさに私と同じ点にあったことです。「天才、村上 龍と自分は同じセンスを持っているのだ」 と思えるだけで感無量でした。

以前、「村上 龍も苦しむ“サッカーを表現する”ということ」 という稿でお伝えしましたが、名人の域に達した方のとる、一瞬の行動や判断、あるいは作品の中には、ものすごい情報が詰まっています。

逆に言うならば、“その一瞬” に、膨大な情報を詰め込むことができる人を “プロフェッショナル” と言うのかもしれません。

村田沙耶香さんが著したとおり、コンビニという世界にもプロフェッショナルは存在します。それならば、我々が日々接する方の中にも、“その一瞬” を魅せてくれるプロフェッショナルは数多く存在しているはず。けれども、実際には、なかなかそうした方を見出すことはできません。それは私の感性レベルが低いからなのでしょう。

優れた芸術作品に共感を覚えるためには自分の感性を高めなければならないのと同様に、自分の身の周りの方の “その一瞬” に気付くためには、高レベルの感性が必要です。

芸術を学ぶことが大切である理由は、そんなところにあるのかもしない、と思ったのでした。
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