蛭子 能収さんの仕事観とは

ひとりぼっちを笑うな  蛭子能収
Pen : Pilot - Kaede (FA)
Ink : Pilot - Konpeki

所詮、お金をもらうための手段が仕事じゃないですか。(略)あまり胸を張って言うことではないけど・・・ 「お金のためなら、なんでもしますよ!」っていうくらいの気持ちはある。
でも仕事って本来、そういうものなんじゃないかな?いや、その程度のものと言っていいかもしれない。(略)
僕からすると 「仕事は自己表現する場」 なんて思考は、よく理解できないかもしれない。それよりもなによりも、自分の自由時間のほうがよっぽど大事。その自由のために働いていると言っても過言ではありません。

ひとりぼっちを笑うな : 蛭子 能収
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蛭子 能収さんといえば、「あの 『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』 の人ね」 という形で思い出す方が多いことでしょう。
ローカル路線バス乗り継ぎの旅

その蛭子さんの本職は漫画家なのですが、「蛭子さんのマンガを読んだことある?」 とまわりに聞くと、読んだことがある人は少数派。今や本職よりも副業の方が有名になってしまった方と言えるでしょう。

私が蛭子さんの名を知ったのは、蛭子さんがバラエティ番組やバス旅行でブレークするはるか前の80年代、そのマンガ作品を通じてでした。

下手な絵で (これ、たぶんわざと下手に書いているのだと思いますが)、ストーリーもつまらない。「こんなので雑誌に掲載されるの?」 と思うのですが、不条理な世界が妙に記憶に残ってしまうという、不思議な印象がありました。

その後、蛭子さんはテレビに出始めます。「あっ、あの下手くそマンガの蛭子さんだ!」 と思って見て、「この人にこのマンガありだなぁ」 と妙に納得したことを覚えています。

バス旅行の番組で蛭子さんを見て笑えた方は、ぜひマンガも見てほしいですね。

そんな蛭子さんが出されたマンガでない本、「ひとりぼっちを笑うな」を買って、家で読んでいたら、妻が激高しました。「あなた、蛭子さんの本を読むなんてどういうつもり?」 と完全拒否反応。蛭子さんのサエない風貌に (蛭子さんゴメンナサイ)、我慢ならないそうです。「了見の狭いお方ですね」 と返しておきました。

ともあれ、「ひとりぼっちを笑うな」 を読みまして、私は何か蛭子さんと相通じるものを感じました。

蛭子さんはパーティや宴会が大の苦手とのこと。私もそうです。気の合う友人と飲みに行くのは好きですけどね。

畳の席の宴会なんかですと、盛り上がってきたところで席を移り、上司の前に行って 「どうぞ」 なんて言ってお酒を注ぐ宴会上手な方がいます。というより、だいたい皆さん、そうするものでしょう。
oshaku

けれども私、あれができないんです。出世のことを考えると、あの技ができないのはマイナス以外のなにものでもありません。しかし、四半世紀を越えるビジネスマン人生で、宴会時の席移動をせずに通してきましたから、このままのスタイルでビジネスマン人生を終えるつもりです。

そもそも、自分の目の前の席の方に、「ちょっとすみません」 なんて言って席を変えてしまうのは失礼な気がしてしまうのです。私自身、目の前の方にそれされるとあまり良い気はしませんから。

蛭子さんは宴会を抜け出して一人になるとホッとするそうで、その気持ち、よくわかるなあ~

蛭子さんはまた、友人も少ないそうで、孤独である環境が快適だと述べています。私自身も友人の数は多くありません。葬式のときにお悔やみに来てくれる人は少ないだろうなあ、と思います。

少し寂しい気もしますが、人付き合いに多くの時間を割くよりも、自分ひとりの時間を大切にしたいのです。妻は反対に、常に人と接点がないと耐えられないタイプでして、なにかといつも人づきあいで悩んでいます。「それだったらいっそのこと、人付き合いなんて止めてシンプルに生きればいいじゃない」 と私は言うのですが妻には私のような生き方は理解できないようです。

その蛭子さんの仕事観を記したのが上の一文です。

さすがの蛭子さんも 「あまり胸を張って言うことではないけど」 と前置きしていますが、「お金のためなら、なんでもしますよ!っていうくらいの気持ちはある。でも仕事って本来、そういうものなんじゃないかな?いや、その程度のものと言っていいかもしれない。」 という言葉を見て、最初は 「えっ?」 と思いました。

なぜなら 「仕事というものには、お金を越える何かがあるのではないか」 と私は考えてきましたから。このブログの根底には、そうした想いを綴っているつもりです。

しかし、蛭子さんにズバリ言われてみて、「そういう考え方もアリなのかな」 と思ったんです。

イリーガルな世界は別として、通常、人様からお金をいただくということは、自らの行為が世間の役に立っているということの証に他なりません。蛭子さんであれば、彼の 「ヘヘヘッ」 って頭に手を当てる姿をみて、思わず吹き出してしまう視聴者のお役に立っているからギャラを取れるわけですよね。
蛭子さんの笑い

すなわち、蛭子さんのようにお金を目的として仕事をするとしても、結果としてそれは社会貢献になるのだからそれで良いのではないか、ということです。なにも肩肘張って 「オレが仕事をするのは、金のためだけじゃない」 なんて思いこむ必要はないのかもしれない。蛭子さんに 「もっとリラックスして生きてみたら」 と肩を押されたように思います。

今まで現代人が根底に思いを抱きつつも、コトバとして表現するのを無意識にためらってきた内容をズバリ表現してくれた蛭子さんって、実はすごいアーティストなのかもしれません。
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