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魯山人の愛した海苔の茶漬け

魯山人の愛した海苔茶漬け
Pen : MONTBLANC - 146 (EF)
Ink : Pelikan – Royal Blue

これから私が話そうとするのは、もっと手軽なのりの茶漬けである。
それは、いいのりをうまく焼いたものか、焼きのりのうんと上等のを、熱いご飯の上に揉みかけ、その上に醤油をたらし、適当にわさびを入れて、茶を注げばよろしい。

北大路 魯山人 : 魯山人味道
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海原雄山
グルメまんが 「美味しんぼ」 における、もう一人の主人公といえば海原雄山。

魯山人
前稿で 「まるで美食の限りを尽くした大家が、最後に行き着いた究極の美食は お茶漬けだった、というようなかんじです」 と書いたとき、海原雄山のモデルと称される、北大路 魯山人のことを思い出しました。

魯山人が残した功績、それは 「美しい器を用いることで、料理はその輝きを増す」 ということを見出した点にあると言われています。魯山人の没後も、日本の料理界は魯山人の思想を礎として発展を続けており、今日では和洋中を問わず、数多くのレストランが器で楽しませてくれるようになりました。

「器へのこだわり」 は長い間、日本の特徴だったわけですが、近年、この流れは世界へ広がりを見せています。世界最先端のレストランにおいては、シェフが器に細心の注意を払うケースがよく見られるようになりました。

mirazur 01

mirazur 1

* 写真は ”The World's 50 Best restaurants 2016” で、第六位に選ばれたフランスのMirazurの料理です。

そう考えますと、魯山人は料理界に大いなる変革をもたらした存在と言えるわけでして、日本は世界に向けて、魯山人の業績を積極的にPRしてゆく必要があると私は感じています。

話はかわりますが、「魯山人味道」 という、魯山人が記した、美食に関するエッセイを集めた興味深い本があります。
魯山人味道

この本にはお茶漬けだけで、それぞれ個別のエッセイとして、次の十章がおさめられています。

― お茶漬けの味
― 納豆の茶漬け
― 海苔の茶漬け
― 塩昆布の茶漬け
― 塩鮭・塩鱒の茶漬け
― 鮪の茶漬け
― てんぷらの茶漬け
― 鱧・穴子・鰻の茶漬け
― 車蝦の茶漬け
― 京都のごりの茶漬け

これを見ただけで、魯山人がどれほどお茶漬けを愛していたかがわかりますね。

海苔茶漬け
いろいろと並ぶお茶漬けのなかで、最もシンプルなのは 「海苔のお茶漬け」 でしょう。

なんのことはない、ただの海苔茶漬けであっても、このエッセイを読むと食通としてならした魯山人ならではのこだわりが随所に感じられます。

まず、
― 海苔の分量は、一椀に一枚か一枚半を使うこと。
― 茶は上等の煎茶をよしとするが、鰹節と昆布の出汁をかけてもよい
としています。

そして、肝心のポイントは 「海苔の焼き方」 にあると説きます。海苔の焼き方は、「その人の料理に対する教養がものをいう」 とまで魯山人は言うのですから、魯山人に料理を供した方は、気の休まる時が無かったことでしょう。

私はうかつにも知りませんでしたが、海苔は両面を焼いてはいけないそうです。両面焼くと、海苔の香りが失せてしまうからだそうです。

海苔を焼くのに電気コンロが一番よいとのこと。

電気コンロ
魯山人のいう“電気コンロ”は、おそらく上のようなモノだと思います。この電気コンロの使い方ひとつでも、魯山人ならではのこだわりがありました。

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これもスイッチを入れて、すぐにのりをかざすのはいけない。コンロの熱量が含んでいる湿度がなくなるまで待ってから、焼く心得があってほしい。
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こうしてできた海苔茶漬けは、「こんな茶漬けをよろこぶ者は、通人中の通人に属するだろう」 とのこと。天下の食通、魯山人にそういわれてしまうと、海苔茶漬けを食べて、「やっぱり海苔茶漬が最高だなあ」 という言葉が思わず漏れてしまうような自分になりたくなってしまいます。

「海苔茶漬け」 のエッセイの最後は次の言葉でしめくくられています。

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すべての料理のうまい秘訣は、こんなちょっとした注意にある。なるほどそうだろうと分ってみても、聞くだけではだめだ。直ちに、よし来た - とばかり実行する人であってほしい。
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この言葉が書かれたのは昭和七年。

今から84年前に魯山人の残したこの言葉には、料理にかぎらず、全ての仕事において通じる真実が潜んでいるといえそうです。
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日本一の建築通にとっての理想の住宅とは

渡辺篤史の理想とする家
Pen : Lamy - 2000 (M)
Ink : Sailor - Okuyama

住宅建築の分野で、日本一の目利きは誰でしょうか?

渡辺篤史
私は 「建もの探訪」 の渡辺篤史さんだと思います。

この番組は、都市や郊外に建つ住宅を中心に、毎週、渡辺さんが家庭を訪問し、建築鑑賞の観点からレポートするという構成になっています。

それほど視聴率が高い番組とは思えないのですが (失礼!)、なんと放送開始後27年という長寿番組。これまで渡辺さんが訪問されたお宅はもうじき1,400軒を越えようとしています。

渡辺さんがすごいのは、各家庭のリビングやキッチンなどの “陽” の部分はもちろん、寝室、クローゼットやバス・トイレといった “陰” の部分まで全て見てこられたこと。こんな経験を積まれた方は、日本はおろか、世界でも渡辺さんしかいないのではないでしょうか。

渡辺篤史の建もの探訪BOOK

放送20周年を記念して作られた、『渡辺篤史の建もの探訪BOOK』 には、そんな渡辺さんが考える、自らの住宅観について述べておられる箇所があります。

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インタビュアー: 渡辺さんにとって、住宅で一番大切なことは何ですか?

渡辺: 「物語が宿る場所」 ということかな。親が子供のために、いろいろなお話をいっぱいつくって聞かせてあげられるような家。人間的な感覚や感性を元気にしてくれる空間。
そのためには生活の機能を満たすだけでは不十分で、余白や無駄が必要なんだと思う。名人といわれる建築家の住宅にはそれがありますね。

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番組でとりあげられる住宅は個性あふれるものが多いので、渡辺さんの好みには合わないケースも当然あるでしょう。それでもブレることなく、渡辺さんはその住宅の魅力を伝えられますが、やはり、渡辺さんが本心から 「これはすばらしい作品だ!」 と感じておられるときは、表情で分かります。

渡辺篤史の建もの探訪 2
2015年5月30日に放映された第1324回、「別荘気分! 川沿いテラスと絵画窓の家 - 東京都稲城市・内田邸」 はそんなケースでした。建築家、内田雄介さんの自邸を評して、番組の最後に、渡辺さんは次のコメントを残されています。

渡辺篤史の建もの探訪 1
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「内田さんのお宅、いかがでしたか。とても気持ちがいいんです。空間構成が実に見事ですよね。どんな仕事の世界でもいろいろな人に影響をうけます。設計家、諸外国の著名な方、そしてまた国内では吉村順三さん、中村好文さん。その他にも数多く、いろいろな人から影響を受けるんですよね。でも、内田さんの設計は、どうでしょう、非常に個性的といいますかねえ。そのいろいろなものを咀嚼して、じつにいい表現をなさっているというかんじが致しました。まわりの緑豊かな環境を貪欲にいただくと同時に、この外観ですね、外から見て自然を壊さない、そういう想いが感じられますよね。成功しましたね!」
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この内田邸のように、渡辺さんが高く評価する住宅を思い起こしてみると、「物語が宿る場所」 というキーワードに重なることがよくわかります。私流に別な言葉に置き換えるならば、「子供の視点からみて、好奇心を刺激され、動き回りたくなる家」 ということだと思います。

では、そんな日本一の住宅の目利きである渡辺さんが、自ら作ってみたい家って、どんなものなのでしょうか。

「渡辺篤史の建もの探訪BOOK」 には次の言葉が記されています。

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・ いろいろ夢はあるんだけど、ひとつはアパートを建ててそこの大家になることだねえ。 (中略)僕がアパートの大家さんというか“よろず相談所”になって、いろいろな世代や家 族がひとつ屋根の下に寄り添えればなあと。住民一人ひとりの知恵や能力を結集して共に暮らしてゆく、そんな暮らし方に惹かれます。
それから商店街の路地裏にある、小津安二郎の映画に出てくるような家で、ご近所さんと楽しく暮らすというのも憧れですね。

・ 僕は賑やかな商店街から一歩路地を入ったような場所にある家がいいなあ。周りにはちょっとした緑があって、それが実のなる木でね。建物は雨露がしのげて、ほっとできる空間があれば十分。最近年のせいか、人恋しくて (笑)。

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なんだか、拍子抜けするくらいシンプルですね。まるで美食の限りを尽くした大家が、最後に行き着いた究極の美食は お茶漬けだった、というようなかんじです。

何事も、道を極めると最後は振り出しに戻るのかもしれません。

私は現在、マンションに住んでいますが、いずれは親が住んでいる一戸建てを建て直そうと考えています。アパートの大家になれるほどの敷地があるわけではないし、商店街の路地裏にあるわけでもないのですが、小さな庭でも設けて、ご近所の方と軽くお茶でも楽しめるスペースを持ちたいな、なんて思うようになりました。

最後に、渡辺篤史さんが、実際に住んでいる住宅はどのようなものなのでしょう?

間取りは4LDKで、奥様と二人の娘さんと、4人で暮らしているとのこと。

渡辺さんは2009年4月28日に、『徹子の部屋』 に出演されており、その際、自邸に関し、次のようなコメントをされたようです。

渡辺篤史 黒柳徹子
「 自宅は大失敗。コンクリート打ちっ放しなんですが、夏暑くて、冬寒い。半地下にオーディオルームも作ったんです。でも、音が響き過ぎて、気持ち悪くなっちゃって。いまだに補修してます。(建もの探訪) 20年の経験は生きなかったですね 」

はたして、渡辺さんが理想の住まいを手にする日は来るのでしょうか。。。

家づくりの前に椅子を学べ

Live in Kyoto
Pen : Pilot - CUSTOM 743 (M)
Ink : Pilot - KONPEKI

普通は逆かもしれない。まず内装を決めてから、それに合う椅子を探すのかもしれない。でも私は初めに椅子があるほうが正しいと思う。食事のときはずっと椅子に座っているわけだし、仕事をしているときも椅子の上だ。歩くときに服よりも靴が大事なように、家具のなかで椅子がいちばん大事だ。

永江 朗 : そうだ、京都に住もう
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これまで、「現役引退後、どこに住むか」「琵琶湖でのセミリタイア生活」 といった稿でお伝えしてきましたが、現役引退後の生活を、あいも変わらず妄想して楽しんでおります。

移住地として京都はその有力候補。そんなわけで永江 朗さんの 「そうだ、京都に住もう」 という本をだいぶ前に買っておりました。
京都に住む

しかし、その後、不動産バブルが起きて京都の不動産価格が高騰。「京都に家は買えないなあ」 と思うようになり、この本の存在も忘れておりました。

先日、本棚を漁っていて、ひょっこり見つけたこの本を手に取る気になったのは、「不動産バブルも一段落か」 という報道が頭の片隅にあったせいかもしれません。

Akira Nagae
著者の永江さんは、早稲田大学の教授も勤められた東京在住のフリーライター。

京都に住む2

ガエまちや2

本の巻頭には、リノベーション完成後の永江邸の写真が掲載されており、これがシビれるほどカッコいいんです!

写真に惹かれて本文を読み進めました。永江さんがセカンドハウスとして京都の古い町家を購入し、そこをリノベーションしてゆくプロセスの詳細が記されています。

最初のうち、私は本書をフムフムと気軽に読んでいて、「なるほど、こうやれば永江さんと同じことを自分でもできそうだな」 と安易に思っていました。

家作りとは、施主が好みの建築家を探し、建築家に予算を含めた要望を伝え、建築家と相談しながら自分の家を作ってゆくこと。

それだけのことですが、本書を読み進めるうちに、ステキな家、ステキな空間を作るのは、容易でないことがわかってきました。

家とは、施主と建築家の共同作品であるものの、よく考えてみれば、家の完成時が 「作品の完成」 ではないんですね。つまり、家の完成時は、「箱」 ができたにすぎないわけですから、家という芸術作品の真価が問われるのはむしろ、家の完成後に施主が家をどう使いこなすかにかかっているのです。

したがって、いくら建築家の腕が良くても、施主側に高い美意識、センスが無いと、良い作品には仕上がらないということがわかります。

永江さんの京都の家 (「 ガエまちや」 と命名されています) が光り輝いて見えるのは、リノベーションの設計を担った建築家の河合敏明氏の力はもちろんですが、永江さんご夫婦のセンスの賜物ということに他なりません。

ということは、永江さんのように、ステキな家を作ろうと思ったら、建築家を探す前に、まずは自分のセンスを磨かないとダメということなります。そのことに気づいてから、本書を読む姿勢が変わりました。

永江さんのキラリとしたセンスを感じたのは、壁紙に対するこだわりでした。永江さんは本書で次のように述べておられます。

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「1階のリビングには、ウィリアム・モリスの壁紙を使いたいと思っていた。全面をモリスというのはやりすぎかもしれないが、一部分にだけ使うのならいいんじゃないか。ウィリアム・モリスのある部屋から坪庭をぼんやり眺めていたいと思った」
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京都に住む3
最終的には、1階のリビングではなく、屋根裏にウィリアム・モリスの壁紙が貼られることになります。そうしてできあがった様子が上の写真です。

ウイリアム モリス アネモネ
貼られたのはウィリアム・モリスの「アネモネ」という作品。

ウイリアム モリス
ウィリアム・モリスはイギリス人。19世紀後半、生活の中に芸術を取り入れようという思想を唱え、実践し、数々の作品を残すとともに、現代における 「デザイン」 という思想の源流を作り上げた人です。

イギリス風のレトロなデザインの壁紙を、和を意識した空間に組み入れようとする永江さんのセンスには脱帽です。

永江さんが 「ウィリアム・モリスの作品を貼りたい」 と思うに至る過程を考えてみますと、ウィリアム・モリスのデザインそのものの美しさもさることながら、現代のデザインの礎に流れる、その歴史や物語を肌で感じたいという狙いもあったはずです。すなわち、他の誰でもないウィリアム・モリスの作品でなければならないこだわり、必然性があったということになります。永江さんほどの教養を持っていると、人生は深みを増すのでしょうねえ。憧れちゃうなあ。

また、本稿の冒頭に挙げたように、永江さんは椅子に対する強いこだわりを持っておられます。「椅子を決めた後に内装を決める」 なんて発想、凡人には思いもよりません。

Hans Wegner mini bear
そうして永江さんがこの家に選んだ椅子は、ハンス・ウェグナーの 「ミニベア」 でした。

hans wegner
ハンス・ウェグナーはデンマークの家具デザイナーでして、とくに椅子は名品として称えられています。

どうして永江さんはそんなに椅子にこだわるのでしょう?  不思議なことに、美意識の高い人が 「住」 の分野において最終的に行き着くのは椅子なんですよね。

Atsushi Watanabe
例えば、私の好きな 「建もの探訪」 という番組でナビゲーターを務められる俳優の渡辺篤史さんは (上の写真)、番組の中で椅子をみつけると、必ずといってよいほど、椅子に座り、座り心地をたしかめるとともに、そこから眺める風景についてコメントされます。そしてまた、驚くことに、椅子を見ただけでデザイナーと作品名をたちどころに当てるのです。「椅子マニア選手権」 があれば、上位入賞は確実かも(笑)。

Yoshifumi Nakamura 100
渡辺篤史の建てもの探訪 BOOK」 という本には、建築家の中村好文さん(上の写真)との対談が収められています。その中で、中村さんが大学を卒業後、家具づくりを勉強された経緯について、中村さんの次のコメントがありました。

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「家具、とりわけ椅子は、身体に一番近い。手触りを直接感じるものだし、文字通り身体を支えるもの。ですから身体感覚をトレーニングするためには(建築家にとって)とても勉強になると思いますね。建築って、身体感覚から発想していくものか、反対に頭で概念的に考えるものか、どちらかになりますが、家具は身体感覚から入って発想していくほうが多いでしょ。そこが面白いんですよ」
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どうやら椅子にこそ、建築の神髄が潜んでいると言えそうです。

しかし、私自身は 「椅子なんて座れればいいや」 と思ってしまうわけでして、椅子に大金を費やす覚悟はできていません。まだまだ修行が足らんです。

「椅子って面白いなあ」 と、その世界に開眼するときが、建築家に依頼して自分の家を作るタイミングなのかもしれません。

モンサンミッシェルに住んでみたい

モンサンミッシェル ブログ 21

新婚旅行の行き先を決めるにあたって、妻の希望はモンサンミッシェルでした。

しかし、当時、私はフランス文化に興味が無かったこともあり、結局、私の意見を通して南国リゾートへ。そのとき以来、なんとなく妻に借りがあるように感じていました。

今回のフランス旅行でモンサンミッシェル行きを決めたのは、妻への借りを返すという、そんな背景がありました。

家族それぞれ思い出に残る写真を撮ろう、ということで;

EOS 60D
私はEOS 60D (+ EF-S18-135mm F3.5-5.6 IS)、

PowerShot SX60
妻はPowerShot SX60 HS、

PowerShot SX710
9歳の娘はPowerShot SX710 HS、

をそれぞれ携えて出発。

モンサンミッシェル 地図
モンサンミッシェルの位置は地図で見ると、こんなかんじです。

パリから約350km、途中の小休止を入れて、進むことおよそ4時間。

モンサンミッシェル ブログ 02
牧草地の先にモンサンミッシェルが見えてきました。

モンサンミッシェルは干潟に囲まれた島となっており、本土から島へは橋がかけられています。通常、観光客は徒歩か無料のシャトルバスを利用してこの橋を渡りますが、自転車を利用する方もいます。

モンサンミッシェル ブログ 03
老齢のカップルが自転車で島へ向かう姿。のどかで微笑ましいですね。

モンサンミッシェル ブログ 22
お馴染み、モンサンミッシェルの全貌。世界遺産としての堂々たる輝きを感じます。

島内は、中央にそびえ立つ修道院をはじめ、麓にはお土産屋がひしめいており、ゆっくり見ていたらこれだけで一日観光コースです。しかし、スケジュールがタイトな我が家は超特急で突っ走りました。

モンサンミッシェル ブログ 05
修道院のガラス窓から、干潟に浮かぶ島を切り取った一枚。数百年前に生きた修道士も、私と同じ風景を眺めていたのでしょうねえ。

ガイドさんも無く、無手勝流で進んだので、大切な観光ポイントを見落としたかもしれません。けど、まあそれも良いかと。自分たちのペースで気楽に進み、家族の各々が心に残る風景をカメラに収める。それが我が家の流儀に合っていると思いました。「凜とした人生」 につながっているかどうかは 「?」 ですが。

モンサンミッシェル ブログ 07

モンサンミッシェル ブログ 06
上の二枚は、妻が修道院内で撮ったものです。なにせ被写体が世界遺産ですから、カメラ初心者でも数を打てば何枚かはいい写真が撮れるというものです (妻は自分のセンスの賜物だと言っています)。

モンサンミッシェル ブログ 08
モンサンミッシェルは、カトリックにおけるベネディクト会に属します。同会の特色は 「清貧」、「従順」 とのこと。修道院内は荘厳な空気が流れているように感じました。

ここでモンサンミッシェル発祥のエピソードを伝える、修道院内の壁画 (下の写真) をご覧ください。
モンサンミッシェル ブログ 09

以下はウィキペディアからの抜粋です。
++++++++++++++++++
この島はもともとモン・トンブ (墓の山) と呼ばれ先住民のケルト人が信仰する聖地であった。
708年、アヴランシュ司教オベールが夢のなかで大天使ミカエルから 「この岩山に聖堂を建てよ」 とのお告げを受けたが、悪魔の悪戯だと思い信じなかった。再び同じ夢を見たが、また信じなかった。ついに3度目には大天使はしびれを切らし、今度はオベールの額に指を触れて強く命じたところ、オベールは稲妻が脳天を走る夢を見た。翌朝、オベールは自分の頭に手を置くと脳天に穴が開いていることに気づいて愕然とし、ここに至って大天使ミカエルのお告げが本物であると確信してここに礼拝堂を作ったのが始まりである。
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大天使ミカエルがオベール司教の頭蓋骨に穴を開けた、という奇跡がモンサンミッシェルの歴史の始まりだったのですね。

オベール司教は死後、聖人として崇められ、モンサンミッシェルの近くにある、アヴランシュという町のサン・ヴェルジェ教会に、この伝説の頭蓋骨が残されているそうです。

モンサンミッシェル ブログ 10
それが上の写真です。

モンサンミッシェル ブログ 11
頭蓋骨を拡大した写真をご覧ください。右側後頭部に穴が開いています。

モンサンミッシェル ブログ 12
ところが壁画は左側前頭部ですね。史実と壁画に違いはありますが、まあそれもご愛敬でしょう。

さて、恥ずかしながら、私はこれまで、「モンサンミッシェル」 って一語の地名だと思っていました。

ところがフランス語名は、「Le Mont-Saint-Michel」 ですから、正確には 「モン・サン・ミッシェル」 と三単語に分かれます。Montは山、Saintは聖、Michelはミカエルを意味しますので、日本語訳は 「大天使ミカエルの山」 となります。

この世界遺産が生まれた伝説を知り、ようやく、名前と意味が自分の中でつながった次第です。

モンサンミッシェルの写真を続けましょう。

モンサンミッシェル ブログ 21
冒頭の写真をもう一度。これはモンサンミッシェルの城壁の上から、まわりの干潟を撮ったものです。ブルーカラーが織り成すこの風景、信じられない美しさです。

ところで、この写真、よーく見ると、中央に人の集団が見えるのです。

モンサンミッシェル ブログ 13

モンサンミッシェル ブログ 14
上の写真ですと、人の流れがわかりますね。私は知らなかったのですが、干潟を歩くツアーがあったのです。このツアー、参加したかったなあ。

モンサンミッシェル ブログ 15
こちらは、島内のメイン・ストリートで撮ったもの。品のよいご婦人の歩く姿が印象的でした。

モンサンミッシェル ブログ 16
本土と島を結ぶ橋の上で撮ったもの。逆光に残るシルエットが心に響きました。

モンサンミッシェル ブログ 17
橋を渡り、本土側からモンサンミッシェルを撮りました。

モンサンミッシェル ブログ 18
モンサンミッシェルを眺めることができるレストランで、簡単な夕食をとりました。シードルをワイングラスに注ぎ、テラスで撮った一枚。ピントや露出がなかなか合わず、苦労しました。

モンサンミッシェル ブログ 19
帰路、車中から振り返って撮ったもの。最後まで魅せてくれました。日帰りだったので、夜景を撮れなかったのが無念です。

最後に、月並みな言葉ですが、モンサンミッシェルは美しいと思いました。春夏秋冬、満潮時と干潮時、霧や雨や雪の日、夕暮と夜景と早朝、それぞれで、全然違う姿を見せてくれることでしょう。一年中、撮影を続けても飽きることのない被写体です。人生で時間と金が許すなら、ここに住んで撮り続けたいと思わせるくらいの存在感がありました。

********************

= ブログ後記 =

モンサンミッシェルでは、家族全員がハイテンションだったせいか、膨大な写真が残りました。旅行後の写真の整理で、精魂尽き果てました。

ここで一句。

「 旅のあと 想い出整理 ひと苦労 」
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