アンディ・ウォーホルは商売をアートと考えた

ぼくの哲学

インタヴューでぼくが事務所をどういうふうに動かしているのかと事細かく聞かれたりするけれど、実はぼくが事務所をどういうふうに動かしているじゃなくて事務所がぼくを動かしているんですと説明しても、ぼくが“稼ぎを入れる”みたいな言い方をするから、ぼくの言いたいことがわかんなかったみたい。
病院にいた時は事務所のスタッフがちゃんとやってくれて、ぼくなしで動いていたから、これが活動商売なんだなと思った。それがわかってうれしかった。その頃すでに商売が最高のアートだと思うようになっていたからね。

アンディ・ウォーホル : ぼくの哲学
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1968年6月3日、当時40歳だったアンディ・ウォーホルは、バレリー・ソラナス (下の写真) という女性に狙撃されますが、奇跡的に一命をとりとめます。
バレリー・ソラナス

下の写真は、復活後のアンディです。
キズだらけのアンディ

九死に一生をえた自分の生き様をアートとして考えたことが、写真からもうかがえますね。

上の文にある「病院にいた時は事務所のスタッフがちゃんとやってくれて、ぼくなしで動いていたから」 という箇所は、その時のことを意味しています。

アンディは自らの事務所について、「ぼくが事務所を動かしているのではなく、事務所がぼくを動かしている」と述べています。これは、社長であるアンディがリーダーシップを発揮しなくても、各々の社員は (*アンディもまた、社員のひとりにすぎません)、組織として目指す方向を理解しており、自分がやるべきことを実行しているということです。アンディは事務所がそのような状態になっていることを、入院中に確信します。

上の文でアンディは「それがわかってうれしかった」と述べています。何がうれしかったのでしょうか?

「社長が不在でも、問題なく組織が運営されていたこと」ではありません。

「最高のアート作品を作ったこと」 がうれしかったのです。“最高のアート作品”とは、“各々が自立して動き、利益を生み続ける組織”です。

事務所の運営をすすめるにあたって、社長のアンディが、社員を手足のように使うという組織にすることもできたはずです。しかし、それは彼の目指すところではありませんでした。

社長の手足となって働く社員は、言うならば社長のロボット。働くことに対する喜びは無いですし、彼らが創造性を発揮できる余地はありません。

アンディ・ウォーホルは人間ひとりで出来ることの限界を知っていました。組織のメンバーが喜びを持って働き、創造性を発揮してくれる環境でこそ、限界を超えるアートを実現できると考えたのです。

アンディの考えるアートとは何か。本文にあるとおり、商売、すなわち利益を生み続ける活動を最高のアートだと考えていました。

事務所は、絵や彫刻などの人に見せる作品ではありません。しかし、“商売”そのものを最高のアートと考えていたアンディにとって、事務所は最高のアート作品だったのです。

19世紀の印象派の出現から、アートの世界は変革を続けてきました。そうした流れの果てに、アンディ・フォーホルは 「商売そのものがアート」 というコンセプトを発見するに至ります。

私は、これこそ、アンディが人類に残した最大の功績ではなかったと思うのです。

ということは、全てのビジネスマンに言えることですけれど、利益を生む活動ができているならば、それはすでにアートということです。たとえ小さなチームのリーダーであろうとも、メンバーが喜びを持って働き、創造性を発揮してくれる組織になれば、それは最高のアート作品です。

どんな職業に従事しようとも、アーティストとしての意識をもって仕事に向かうことが大切な時代になってきていると私が考えるのは、そうした理由からです。

アンディ・ウォーホルのエピソードと同じような内容を、以前ご紹介した、現代アートを楽しめる温泉宿である大黒屋 (下の写真) のご主人、室井俊二さんの言葉に見ることができました。
渡辺 豊重

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私が目指してきたのは「渡り鳥的経営」だ。
渡り鳥は、ある季節になると餌を求めて移動する。その時、リーダーというものはいない。しかし、それぞれの鳥の方向性が同じだから、群れになって、季節に応じた新しい餌場に向かう。(中略)
トップ・リーダーの命令で飛んでいるわけではない。

鷲田小弥太・室井俊二 : 奇跡の温泉宿 本物のサービス経営
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大黒屋は、宿そのものが偉大なアート作品になっているのだろうなあ、と思います。いつの日か大黒屋を訪問して、“アート作品としての組織” というものを肌で感じてみたいです。

ダーティな坂本龍馬を見てみたい

竜馬がゆく

LAMY - サファリ 中字 : ペン
エルバン - グリーンとブルーのブレンド : インク

(妙案はないか)
 竜馬は、暗い石畳の道を足駄でたたきつつ、西にむかって歩いた。
 一案はある。
 その案は、後藤が「頼む」といってきたとき、とっさにひらめいた案だが、はたして実現できるかどうか、という点で、竜馬はとつこうつと考えつづけてきている。
 「大政奉還」
という手だった。

司馬遼太郎 : 竜馬がゆく
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前稿で、ピカソは数々の矛盾した側面を持っていたことをお伝えしました。

- 野放図で繊細
- 野蛮で優美
- 残忍さと愛撫
- 冷たさと燃え上がる血

歴史に名を残した天才で、ピカソのような強烈な個性を放った人物は他にだれがいるでしょうか?

私がパッと頭に浮かぶのは、

カエサル、
カエサル

ナポレオン、
ナポレオン

織田信長、
織田信長

坂本龍馬、
坂本龍馬

といった名です。

この4名は激動の時代に生き、その当時は誰も思いつかなかった革新を成し遂げました。

・ カエサルは、ローマを共和制から帝政へと変革する流れを築きました。。
 
・ ナポレオンは、国家システムとしての徴兵制をスタートしました。

・ 織田信長は、鉄砲を主力兵器として活用しました。

・ 坂本龍馬は、誰も想像すらできなかった薩長同盟を成立させました。

ピカソが芸術家として革新的な作品を残したのと同様、彼ら4人が残した偉業は、その偉業そのものが芸術作品だったと言えます。

そこから私が思ったのは、この4名はピカソと同じ個性を放っていたのではないか、ということです。すなわち、

- 野放図で繊細
- 野蛮で優美
- 残忍さと愛撫
- 冷たさと燃え上がる血

こうした個性は、革新的偉業を成し遂げるアーティストに必要不可欠な要素ではないでしょうか。

織田信長は、まさにこの表現がピッタリはまりますね。カエサルとナポレオンも、当てはまると思います。

では、坂本龍馬はどうでしょうか。司馬遼太郎の「竜馬がゆく」をはじめとした、我々が知る龍馬像は、「野放図で繊細」、「野蛮で優美」は理解できるにせよ、「残忍さ」、「冷たさ」は、イメージとかけ離れています。

ならば、偉業を成し遂げた人物の中で、龍馬の個性は例外だったのでしょうか?

私は、龍馬にも、「残忍で冷たい」 という側面があったのではないかと思うのです。

なぜなら、日本の歴史上、最大の混乱を極めた幕末の時代において、ドロドロして、「残忍で冷たい」という側面を持たずして、偉業を成し遂げられるはずがないからです。

龍馬は日本史におけるスーパー・ヒーロー。数々の歴史家や作家が描いてきた龍馬像はあまりにもカッコ良すぎます。私は、「もしかしたら、龍馬のダーティな側面を物語る資料はすでに見つかっていて、それは表に出ていないだけかもしれない」 なんて思ってしまうのです。

織田信長、豊臣秀吉、徳川家康。戦国のヒーローは、いずれもビューティフルな面、ダーティな面、その両面を持っていました。だからこそ、人間臭くて、カッコいいと私は思うのです。

ダーティな面が見られないスーパー・ヒーロー坂本龍馬は、たしかにカッコいい。けれども、歴史家や作家が描く、そうした龍馬の姿は、人間味溢れているように見えて、よくよく考えてみると逆に人間臭さが無いんですね。

ビューティフルとダーティの両面を持っていた坂本龍馬の方が、もっとカッコいいと思います。

いつの日か、そんな龍馬の姿が明らかになる資料が見つかってほしいものです。

ピカソはなぜモテたのか

ピカソと岡本太郎
(1953年4月に撮影されたもの)

ピカソはなぜモテたのか

ペリカン - M800 細字 : ペン
ペリカン - ロイヤルブルー : インク

私にとってピカソほど恐ろしく、そしてひきつけられる存在はなかった。野放図で繊細で、野蛮で優美、残忍さと愛撫と、冷たさと燃え上がる血とがからみあった、二十世紀の奇蹟。
世界じゅうの表現欲が、ピカソという火山口から噴き上げている。

岡本太郎  歓喜
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天才ピカソ(1881~1973)は、とにかく女性にモテた人でした。

公になっているだけで、深くつきあった女性は7名にのぼります。

フェルナンド・オリヴィエ
フェルナンド・オリヴィエ

マルセル・アンベール
マルセル・アンベール

オルガ・コクローヴァ  (最初の結婚)
オルガ・コクローヴァ

マリー・テレーズ・ワルテル
マリー・テレーズ・ワルテル

ドラ・マール (1937年に描かれた 「泣く女」のモデルとして有名)
ドラ・マール

ピカソ 泣く女 ピカソ

フランソワーズ・ジロー
フランソワーズ・ジロー

ジャクリーヌ・ロック (80歳で二度目の結婚)
ジャクリーヌ・ロック

“シャネルはピカソをどう見たか” でお伝えしましたが、あの誇り高きココ・シャネルですらピカソに魅せられてしまったくらいですから、現代のどんなモテ男もたちうちできないくらいのモテぶりだったのでしょう。

ピカソと深い親交があり、人並み外れた鋭い洞察力を持った岡本太郎は、ピカソの持つオーラを上述のように表現してくれました。

- 野放図で繊細
- 野蛮で優美
- 残忍さと愛撫
- 冷たさと燃え上がる血

ピカソが数々の矛盾した側面を持つ人間だったことを、我々は岡本太郎の言葉を通じて知ることができます。けれども、それが何故、モテることにつながったのでしょう? 

岡本太郎の「歓喜」という本にある、ピカソとは直接関係のない、次の記述をみて、私はピカソがモテた理由を理解できたように思います。

「意志によって危機に己を投げ、そういう運命にあえて身を置く男、だからこそ栄光の頂点において没落を予感させる、その悲劇的な姿にこそ恍惚とするような男性的男性の、ひらききった美しさが現出するのだ。女性にとって、このような男性はただに力への賛美、憧れの対象ではない。その圧倒的な力の裏にあるもろさ、意外な未熟さによって魅せられるのだ。男性的男性の弱さを、女性は本能的に見ぬいてしまう」

この岡本太郎の言葉は、ピカソをイメージして生まれたものでしょう。

女は単に強い男に魅かれるのではない、真の強い男はリスクを恐れず新たな世界に挑み続けるものであり、そんな男の裏には弱さが潜んでいる。そこに女は魅かれるのだ、というのです。

しかし、世界の流れは、政治や経済の世界における女性の社会進出を見てもわかるように、男性の女性化、女性の男性化が進んでいます。真の強い男は減る一方。

これからは、“強い女の裏に潜む弱さ” に魅かれる男が増える時代となるでしょう。

アートの世界における未来のスーパースターは、ピカソのようなキャラクターを持つ女性になるのではないかと思います。

世界のベストレストランとコート・ドール

ベストレストラン50 2015

斉須政雄 十皿の料理

料理を作る人にはいろいろなタイプがあります。食べに来てくれる人も料理人にいろんな期待をしてくれます。しかし、人が一人一人違うように、料理人もそれぞれに違うんです。僕は技術を駆使するほうではないと自分では思っています。あれもこれもと、いろんなことでお客さんを楽しませるタイプではないんです。僕は自分の経験と体験を通じて、その季節、自分が旨いと思ったものをお客さんに出して、口ばった言い方をすれば、こんな旨さもあるんですよと言いたいんです。

斉須政雄 : 十皿の料理 (おこぜのポワレ)
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「世界のベスト・レストラン 50」 というランキングが毎年、発表されています。

2015年、日本のレストランでは、8位に「NARISAWA」、29位に「日本料理 龍吟」がランクインしています。

龍吟は料金も高いので、私はまだ訪れたことがありません。しかし、山本征治シェフに関しては、NHKのプロフェッショナルをはじめ、いくつかの番組で見たことがあります。前人未到の領域の料理を創造せんがために、命を削るような思いで取り組んでおられるその姿が画面に映し出されていました。

このベスト50に出ているレストランのうち、いくつかは私も訪問したことがあります。

いずれも共通しているのは、「えっ?」と驚くような強烈なインパクトの料理が多いことです。素材、盛り付け、色、コンセプト、料理法等、様々な要素を組み合わせ、シェフが叡智の限りを尽くした創造力あふれる料理を楽しませてもらいました。

ベスト50の審査は、厳選された料理評論家が行なっていますので、「こんなランキングは出鱈目だ」というわけではなさそうです。しかし、例えばミシュランの三ツ星レストランで、このランキングから漏れている店は数多くあります。ということは、このベスト50の意味するところは、「創造性」という点にかなり重点がおかれた評価構成になっているようです。

さて一方、上述の言葉は東京のフランス料理レストラン、コート・ドールのオーナーシェフ、斉須政雄さんの書かれた「十皿の料理」という本からの引用です。

おこぜのポワレ

コート・ドールの料理は、斉須シェフの言葉どおり、飾り気はないけれど、料理にかけるシェフの思いをそれぞれの品に感じ取ることができ、私は好きです。

斉須シェフは同書の中で次のようにも述べておられます。

「僕は、僕の発見した旨さをおいしいって、食べてもらいたいんです。ひょっとして、これ、我が儘なんでしょうか。僕はフランスのいろんな厨房で過ごした時間と体験を、こういう形で表したいと考えているのです」

斉須シェフの料理はもっと評価されて良いのではないか、世界のベスト・レストラン50よりもずっと美味しいのではないか、と私は思うのですが、ランクインされることはありません。コート・ドールの一皿には「驚き」が満ちていますけれども、その「驚き」はベスト・レストラン50に入るレストランの「驚き」とは別種のものだからです。

ベスト・レストラン50のレストランの驚きは 「わかりやすい驚き」。

コート・ドールの驚きは 「よーく観察するとわかる驚き」。

龍吟の山本シェフも、コート・ドールの斉須シェフも、料理というフィールドにおいて、新たな世界を切り開くべく全力を尽くされていることに変わりはありません。しかし、その目指す地点は違うわけですよね。

コート・ドールは、ベスト・レストラン50に入ることはないし、ミシュランで三ツ星をとることもないでしょう(現在は一ツ星)。ビジネスマンの世界に例えるなら、重役に昇進することはないわけです。

しかし、斉須シェフは、料理の世界において自分の力を最大限に発揮し、お客さんにどうしたら喜んでもらえるかを考えた場合、今のスタイルが最善だと判断されたのだと思います。

コート・ドールはどのようにして独自の文化を築き上げることができたのでしょうか。

斉須シェフの本を読んでみて感じるのは、シェフの自己分析能力の高さです。

- 自分はこれまでの人生から何を語れるのか
- 自分は他の料理人と比べてどのような強みがあるのか
- 自分は料理を通じて何を表現したいのか

競争の厳しいレストラン業界で生き延びるため、斉須シェフはこのような自問自答を繰り返したのでしょう。

自問自答を通じての自己分析は、全ての職業人にとって重要なことだと私は考えます。

ビジネスマンの場合、採用面接のときには「自己分析」を徹底的に突き詰めますが、入社後はすっかり忘れてしまう方がほとんどではないでしょうか。

自動的に給料が振り込まれてくるビジネスマンと、経営リスクを抱えるオーナーシェフでは、「生き延びる」ということに対する真剣さが桁違いですから、ビジネスマンが自己分析を怠るようになるのも仕方がないとはいえます。

しかし、ビジネスマンといえど、実際はサバイバルの日々なのです。自己分析ができていないビジネスマンは、自己分析がきちんとされていないレストラン同様、他者との差別化ができません。そうすると、たとえがむしゃらにがんばったところで、「その他大勢」に組み込まれ、やがては淘汰されてしまうことになります。

要するに、自己分析がきちんとできていない職業人は、プロフェッショナルとは言えないということです。

自己分析がきちんとできていれば、ミシュランの三ツ星を目指すオーナーシェフ同様、「重役を目指す」というコースを進むべきなのか、あるいは「重役ではないけれど、貴重な戦力として皆から頼りにされる存在を目指す」という斉須シェフのようなコースを進むべきなのか、方向を定めることができます。

方向を定めることができれば、自分の強みを活かし、ビジネスの現場で自分が表現したいと思ったことを実現でき、人々の役に立てる確率は高まります。

そうしたことから、あらゆる職業人にとって、充実した仕事人生がおくれるかどうかの鍵は、自己分析が大きな握っていると言えると私は考えています。

血糖値との戦いが始まった

血糖値との戦い

LAMY - サファリ 中字 : ペン
エルバン - グリーンとブルーのブレンド : インク

糖尿病はなぜアンチエイジングの敵なのか? それは、インシュリン自体が加齢を起こすホルモンだからです。インシュリンは出なくてすめば出ないほど良いというのが、今の考え方です。だから糖尿病の人はもちろん、現在日本に1000万人いるといわれる糖尿病予備群の人も、なるべく生活においてインシュリンが出なくてすむようなライフスタイルをとった方がいいのです。

坪田一男 : 老いに勝つ10の秘訣
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まさかこんなことになるとは思ってもみませんでした。

検査の結果、私は境界型糖尿病 (糖尿病予備軍ともいいます) であることが判明したのです。このままうかうかしていると完全な糖尿病になってしまう、危険な状態です。

糖尿病と聞くと、肥満体型の方がかかるイメージがあります。私はBMIが21でして、標準よりやや痩せ形のため、そこに油断がありました。

健康診断で糖尿病診断の目安となる、空腹時血糖値とHbA1cは次のような推移をたどっていました。

2009年 105 mg, 5.8%
2010年 105 mg, 6.0 %
2011年 103 mg, 5.4 %
2012年 106 mg, 5.4%
2013年 115mg, 5.7%
2014年 110mg, 5.5%
2015年 115mg, 5.8%

だいたい似たようなレンジで推移しています。

標準値は、それぞれ、70mg ~ 110mg、~6.0% なので、健診後は医師から 「ちょっと血糖値が高めですけれど、運動量を増やせば大丈夫でしょう」 というコメントをもらっていました。

そこで、ここ数年は糖質の多い、ビールや日本酒は涙ながらに極力避けて、さらに夕食時は炭水化物を採らないようにしてきました。

それでも、テレビや新聞で 「かくれ糖尿病に該当する人が増加している」 という報道を見て気になり、医師に相談のうえ、先週、ブドウ糖負荷試験 (75g OGTT) を行ってみました。

これは水に溶かした75gのブドウ糖を飲んで、時間経過によりどれだけ血中に糖が出るかを測定するものです。その結果は次のようになりました。

0 分  96 mg
30 分 189 mg
60 分 217 mg
120分 179 mg
180分 94 mg

この結果をみたとき、その数字の意味するところを私は理解できませんでしたが、調べてみて次のことがわかりました。

・ 60分の値が180 mgを越える人は、糖尿病に移行する可能性が高い
・ 120分の値が200 mgを越える人は糖尿病型、140mg~200mgの人は境界型

180mg 以上の状態は、体内では吸収できないほど糖が溢れており、尿を通じて糖を出さざるをえないという異常な状態です。

糖が体内で溢れかえっているときは、血管が著しく傷ついているわけで、結果として老化が進みます。

今回の検査で体内に注入された75gのブドウ糖は、ごはん茶碗1.5杯の糖質量に相当します。食パンですとわずか1枚。実際の食事では、この他にもジャガイモやデザートなども食べているわけですから、長年にわたり、私はほぼ毎食後、尿を通じて糖を出していたことになります。

無知というのは恐ろしい。自分は無知ゆえに、一体、何年寿命を縮めてしまったことでしょう。

ご参考までに、日本糖尿病学会は、次の診断基準を定めています。

糖尿病型 : 空腹時血糖が126 mg以上、または、ブドウ糖負荷試験の2時間値が200mg 以上
正常型 : 空腹時血糖が110mg以下、かつ、ブドウ糖負荷試験の2時間値が140mg 以下
境界型 : 上記のいずれにも該当しないもの
糖尿病の診断

私の場合は境界型となります。

この検査結果が判明した後、私は糖尿病についてずいぶん勉強しました。そして血糖の状態が正常レベルに落ちるまで、次の食事制限をする決意を固めました。

・ 糖質の摂取を大幅に減らす。一食あたり20mg  (ごはん茶碗半分弱) 以内を目標にする。
・ 炭水化物は夕食のみならず、基本的に朝食も昼食も採らない。
・ ビールや日本酒は、時々飲んでいたけれど、今後は完全にストップする。
・ フルーツやデザートも完全にストップする。

このようにして、最終的には次の目標達成を目指します。

・ 食後の最大血糖値は160mg以内とする。
・ ブドウ糖負荷試験の2時間後の数値を120mg以内とする

この目標を達成するためには…… もう、大好きな寿司も
日本橋 次郎

ラーメンも
黄金の塩らぁ麺

カレーも
カシミールカレー デリー

食べられない、ということ。

大福もチーズケーキも食べられません。

もしかしたら、これらの好物を、一生食べられないかもしれないと思うと、気を失いそうになります。

しかし、それでも、焼酎やウイスキーは飲むことができます。ステーキも食べられます。刺身も食べられます。豆類も糖質は少ないので、納豆も食べられます。

それだけで 「ありがたい」、と思わねばなりません。

これからの人生、1パックの納豆の中に、自分はどれだけの幸せを見出せるか。
納豆

まるで、竜安寺の石庭を見つめて、そこに宇宙の真理を見出そうとした禅僧の気分です。
龍安寺石庭
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