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笹崎里菜アナの内定取り消し問題で思うこと

笹崎アナ
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日本テレビの大久保好男社長(64)は29日、都内で定例会見を開き、4月に入社した笹崎里菜アナウンサー(23)について、「はつらつとしている」と高評価した。

デイリースポーツ (2015年6月29日)

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女性アナウンサーが芸能タレントのような存在になったのはバブル経済の頃からでしょうか。私はいまだに 「女子アナ」 をタレント扱いする風潮に違和感を感じますが。。。 そんなわけで、知っている女子アナはほとんどおらず、飲み会でこの話題になるとついていけずに困っています。

そんな女子アナ界に、今年は話題の新人がデビューしました。銀座のクラブでホステスのアルバイトをしていた過去を理由に、一度は内定取り消しを受けた日本テレビの笹崎里菜アナウンサーです。

笹崎里菜アナウンサー

この事件の経緯をご存知ない方のために、簡単にお伝えします。

1)日テレは笹崎さんに内定を通知。
2)笹崎さんは日テレの人事担当者に、クラブでのアルバイト経験があることを相談。
3)日テレは 「アナウンサーには高度の清廉性が求められる」 ことを理由に内定を取り消し。
4)笹崎さんは内定取り消しを不服として提訴。
5)最終的には両者で和解が成立し、笹崎さんの入社が決定。

この裁判の焦点はいくつかありましたが、私の関心は一点でした。

それは「アナウンサーには高度の清廉性が求められる」と主張した日テレと、「ホステス経験で清廉性に欠けるというのは偏見」という反論した笹崎さんの意見の相違です。

タレント化している現在の 「女子アナ」 という職業に 「清廉性」 が必要なのかという疑問はあるものの、ニュースを読み上げることもあるアナウンサーという職業において、清廉なイメージはたしかに求められる要素のひとつではありそうです。そうしたことから、日テレ側の主張はわからなくもありません。

では、笹崎さん側の 「ホステス経験で清廉性に欠けるというのは偏見」 という主張はどうなのか?

たしかに、「筆談ホステス」 で有名になり、区会議員になれた斉藤里恵さんなどを見ていると、ホステスという職業に対するネガティブなイメージは年々、薄らいでいるように感じます。

それならば勤務先がキャバクラの場合はどうなのでしょうか? 「ホステスとキャバ嬢は全然違う」 という意見もあるかもしれません。ならばさらに突っ込んでキャバクラよりもいかがわしい水商売が勤務先だったらどうなのでしょうか? 

このように考えると、一般的に 「水商売」 と称される職業において 「このラインまでが清廉である」 といえる境界線が不明である以上、「ホステス経験者は清廉性に欠ける」 という日テレの判断が 「誤りである」 と断言するのは酷のように思います。

実のところ、私は8歳になる娘がおりますが、この子が将来、「私、ホステスのアルバイトをする」 と言ってきたら、私は 「そうか。良い人生経験になるから、ぜひやってみなさい」 とは答えないでしょう。女の子をもつお父さんの多くは、私と同じ判断をするのではないでしょうか。

しかし、今後は娘が次のように反論してくる可能性があるのです。

「お父さん、ホステスという職業をネガティブに考えるなんて、頭が古いよ。有名な笹崎アナだって、元ホステスだよ。今は就職の際の履歴書のアルバイト経験欄に 『ホステス』 って書いてもマイナス評価にはならない時代なんだよ」

こう言われてしまうと、反論のしようがありません。

その意味において、今回の日テレの判断は、社会的責任が重いものだと言わざるをえません。

では日テレはどうするべきだったのでしょうか。

まず、内定通知をする前段階において、もっと綿密な身辺調査をするべきだったと思います。これが日テレの犯した第一のミス。

次に内定取り消しで訴訟となって世間の注目を集める前に、和解するべきだったと思います。これが第二のミスでした。早い段階で和解していれば、笹崎さんの過去は世間に知られないまま、彼女はアウアンサーとしてデビューできました。

訴訟にまでなってしまったら、世間は弱者を応援しますから、日テレには和解を受け入れるしか選択肢は無かったといえます。

結果として今回の論争では、 「ホステス経験で清廉性に欠けるというのは偏見」 という側が勝利したように見える形で終わりました。

インターネットの書き込みをみると、笹崎さんを非難する方もおられるようですが、私は笹崎さんに非は無いと考えます。日テレが内定を出してしまった以上、「内定取り消し」 を認めない姿勢をとり続けたのは当然のことです。

一方、日テレに対しては、訴訟となり世間の注目を集めてしまったことに、非があると考えています。

テレビ局は社会に対して大きな影響力を持ちます。その判断ひとつで、世の中の価値観を(良きにつけ悪きにつけ)変えてしまうかもしれません。今回、日テレは笹崎さんに内定を出した時点で、企業としての責任を負っています。日テレは自らの責任で世間を騒がすことなく火を消すべきでした。

報道によると、日テレの大久保社長は笹崎アナに関して 「はつらつとしていると高評価した」 とのことですが、本件がここまで注目を集めてしまったからには、本心はどうであれ、そう答えざるをえないでしょう。しかし、もし大久保社長が 「笹崎アナが注目を集めてくれるおかげで、視聴率が上がった」 なんて低次元のレベルで喜んでいるとしたら、そのセンスに疑問を感じます。
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江夏の21球、の謎を追う (続編)

江夏の言葉

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色彩雫 (コスモス) : インク

江夏豊さんと話す機会があった。「プロが言ってはいけない言葉があります。俺は努力した。時間がない。この二つです」 「練習の場を離れても、頭から野球を離してはいけない。二十四時間、苦にすることなく野球のことを考え続ける。それがプロ、でしょう?」 「ご飯を食べている時も、左手の茶碗を持つ手は、フォークボールの握り手、カーブの握り手を繰り返していましたよ。」 「全ての時間を自分の技術向上に向けるんです。それが必ず、いざという時に役立っている」 一度たりとも、練習で想定しなかったケースは、現実の場面にはなかった。いつマウンドに上がっても、練習で疑似体験したシーンだった、と江夏投手は言うのだ。

佐藤芳直 : 勝ち組になれる仕事術

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1979年の日本シリーズ、広島 VS 近鉄の最終戦の9回裏、広島の守護神、江夏が絶対絶命のピンチに追い込まれたとき、衣笠の一言で江夏が立ち直った話を以前お伝えしました。

今回は、この試合のクライマックス、江夏がこの回に投じた19球目についてお伝えします。

場面は4対3、広島リードのまま9回裏の近鉄の攻撃。一死満塁でカウント1-0、バッターは一番の石綿。江夏が投じた19球目、石綿のスクイズは失敗。三塁ランナーの藤瀬は封殺され流れは一気に広島に戻り、そのまま広島の優勝となります。
江夏がスクイズを外す1

江夏がスクイズを外す2

実は、石綿に打順が巡ってきてこの19球目に至るまで、広島と近鉄、両ベンチをめぐる思惑が交錯していたことが試合後、明らかになっています。

まず、広島側はベンチもバッテリーも、石綿の様子を見て、「これはスクイズで来る」 と確信していました。この警戒心が19球目の明暗を分けたと言えるでしょう。

一方、近鉄側の当初方針はヒッティングでした。西本監督はインタビューで次のように答えています。

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「石綿の第一球を見送る姿勢がですね、『三つとも振れ!』と言うて送り出したバッターにしては非常に消極的な見送り方であったな、という。。。二球目のときに、もうひとつストライクをとられると、これはもういよいよ何もできないな、という。そういうことを咄嗟に考えてですね。それならば一番点のとりやすいスクイズで行こうかという。。。考えが急に変わったんですね。」
++++++++++++++++++++

広島バッテリーは 「近鉄はスクイズを仕掛けてくるだろうけれど、一球目からは来ないだろうから、ストライクを入れて少しでも有利なカウントにしておこう」 という思いだったでしょう。このため、一球目はカウントをとる甘いカーブが来るのですが、緊張していた石綿はすんなり見逃してしまいます。

この見逃し方を見るかぎり、仮に19球目のスクイズ失敗が無かったとしても石綿は外野フライすら打てなかったと私は思います。

石綿の次のバッターは左バッターの小川だったし、右の代打の切り札の佐々木はもう使ってしまっていましたから、やはり江夏攻略は難しい。したがって、スクイズ失敗が無かったとしても、どのみち広島優勝という結果に変わりは無かったであろうというのが私の結論です。 (近鉄ファンであった私には、そう思い込んで自らを慰めるしかないともいえます)

さて、問題の19球目、江夏はこの時、どんな球を投げようとしていたのでしょうか。

関係者のインタビューをふり返ってみると、この当時、投げる球種も、投げるコースも、全て江夏が判断していました。キャッチャーの水沼が知りえる情報は江夏が投げる球種のみでした。石綿への2球目、江夏はカーブを選択します。

初球でストライクをとれていたので、この2球目、江夏はカーブで石綿の膝元に落ちる球を投げようとしたのではないかと私は思います。そこであれば、仮にスクイズとなってもミスする確率が高いし、振ってきても空振りかファールが取れるからです。

ところが江夏が実際に投げたのは、ウエストボールのようなカーブでした。

今も論争となっているのは、江夏は瞬時に判断して、スクイズを外す球に変更したのか、それともボールがたまたまスッポ抜けたのか、という点です。

バッターの石綿はNHKの「スポーツドキュメント 江夏の21球」で次のように述べています。

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石綿 : 外されたとは思ってませんけどね。まあ、今も思ってませんけどね。ウエストボールっていったら、まっすぐに全然届かないところに放ると思うんです。で、この場合、充分、バットに届くし。だから普通に投げたボールがスッポ抜けてあそこに行ったのかなと。
インタビュアー : 江夏さんは石渡さんの動きがチラッと目に入ったと。投げる直前に。
石綿 : それで外せるもんですかね?(苦笑い)

++++++++++++++++++++

石綿以外にも、何人もの野球解説者が 「打者の動きをみて咄嗟にウエストボールへ変更することは困難。まして球種がカーブであれば不可能」 と述べています。

一方、江夏は 「石綿の動きをみてウエストボールに変えた」 と述べていますので、「スッポ抜け説」の人々からみれば江夏は都合のよい嘘を言っていることになります。どちらが正しいのでしょうか。

この場面をスローで再生してみると次のような流れであることがわかります。

1) まず石綿がバントの構えに動きだします
2) 江夏は石綿の動きを目にします
3) 続いてキャッチャーの水沼が腰を上げます
4) ボールが江夏の指を離れます

ここで謎なのが水沼の動きです。水沼は江夏が球を放つ前に腰を上げています。キャッチャーにとって一番怖いのはボールを後ろにそらすことですから、ウエストボールがバッテリーのサインで決まっていないかぎり、ボールがピッチャーの指を離れる前にキャッチャーが腰を上げることは通常無いはずです。腰を上げた後、右バッターの膝元に落ちるカーブがきたらキャッチャーは捕れませんから。

そのように考えると、江夏と水沼の間で起こった内容は、次の3つのいずれかということになります。

A) 水沼はウエストボールのサインで江夏がOKしたと考えており、サイン通りに腰をあげた。しかし江夏はカーブだと思っており、バッテリー間でサインの認識ミスが起こっていた。
B) 水沼は江夏がカーブを投げると知っていたが、3塁ランナーの動きをみて条件反射で腰を上げてしまった。 (本来、キャッチャーはそのような動きをしてはいけないにもかかわらず)
C) 水沼は江夏がカーブを投げると知っていたが、3塁ランナーの動きをみて 「自分が腰を上げれば江夏はそこに投げてくれる」 と信じて腰を上げた。

私はおそらくB)だったのではないか、と考えます。もしかしたらA)だったかもしれません。しかし、C)ではなかったでしょう。なぜならあの瞬間にC)まで思考が及ぶとは考えられないからです。NHKの 「スポーツドキュメント 江夏の21球」 で水沼は次のように述べています。

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水沼 :普通のピッチャーならカーブのサインで、ああいうところに外せんですよ。暴投になるか地面に叩きつけるか。普通のカーブの握りでボール持ってたらね。
+++++++++++++++++++

江夏の指からボールが離れた後に水沼が腰を上げたのなら、上のコメントは理解できます。しかし、水沼は先に腰を上げているわけですから、スクイズだと思って条件反射で腰を上げてしまった、というのが本当のところでしょう。

さて、江夏は、この19球目、意識的にボールを外したのでしょうか。それともスッポ抜けただけなのでしょうか。私は江夏の言葉どおり、意識的に外したと確信しています。

リリーフで活躍していた、この頃の江夏の投げる球は、その投げるボールだけで比べるとしたらプロの中では 「並よりやや上」 程度のものでした。日本記録となる、1シーズン401奪三振の頃のボールとは雲泥の差があります。

それでも、江夏は守護神として超一流の存在でした。並より上程度のボールで、それを可能のしていたのは、最初にお伝えした江夏のプロ魂にあったと思うのです。

24時間、野球のことを考え続けていた江夏には、ほんのわずかな打者の表情や仕草から相手が何を狙っているのかを読み取れる、超人的な能力が備わっていたはずです。

そうは言うものの、「一度たりとも、練習で想定しなかったケースは、現実の場面にはなかった。いつマウンドに上がっても、練習で疑似体験したシーンだった」 という江夏も、さすがに最終回、カーブの握りでスクイズを外すことまでは疑似体験していなかったでしょう。

江夏はインタビューで次のように述べています。「常識では考えられないですよ。カーブでウエストするなんて。前代未聞でしょう。(中略)だから自分でこんなことできたんのが不思議や言うんですね」

江夏の19球目は、鍛錬を重ねてきた江夏に対して、野球の神様が恵んでくれたご褒美だったのではないでしょうか。

条件反射で腰を上げてしまった水沼のミス、そして神が江夏に恵んでくれた奇跡、この二つが重なって、江夏のスクイズ外しは成功し、プロ野球史上に残る伝説となったのだと私は思っています。

白鳳、美しく勝つことへのこだわり

白鳳 プロフェッショナル

Twist (ペリカン)  - ペン
モスグリーン (ファーバーカステル) -  インク 

白鳳のこだわりのひとつ。それは土俵に上がるときサポーターやテーピングをしないことだ。
「プロである限りはサポーターをしない、きれいな体で土俵に上がっていうね。毎日同じ人が15日くるわけではないからね。その1日のために何時間もかけてくる人もいるわけですから。体のケアをするためだったら何でもするっていうね。それがプロとしての意識であり、お客様に対する感謝であり、常識であると思いますね」

NHK プロフェッショナル 「白鳳」
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私は子供の頃から、格闘技系はボクシングを除きあまり好きではありませんでした。なぜボクシングだけは興味あったかというと、当時、モハメッド・アリというスーパースターがいて、ボクシング界が異常な盛り上がりを見せていたからです。 (下の写真は 「キンシャサの奇跡」 と呼ばれる、1974年10月30日にザイールで行なわれたボクシング史上に残る伝説の試合。、アリがフォアマンを大逆転でノックダウンするシーン)
キンシャサの奇跡 アリ

スポーツの世界では、そのスポーツが最も面白かった絶頂期というものがあります。テニスだったら、ボルグ VS マッケンローの時代。ボクシングならアリの時代。いずれの競技もこうした絶頂期を越える面白い戦いは未だ出ていないと私は思います。

では相撲における絶頂期はいつだったのでしょう。私の生まれる前ですから想像になりますけれど、大鵬・柏戸の時代だったのかもしれません。 (写真の左が大鵬、右が柏戸)
大鵬・柏戸

そんなわけで、相撲というスポーツを私はあまり見ておらず、ゆえにアスリートとしての白鳳の何がすごいのかもよくわからないのですけれども、NHKの 「プロフェッショナル」 で放映された白鳳の特集は面白かったです。

私が感動したのは上述の箇所。相撲という厳しいプロ競技において、怪我を抱えない力士はいないでしょう。番組の最中、白鳳のトレーナーが明かしていましたけれど、実は白鳳も故障をいっぱい抱えているとのこと。

身体のことを考えれば、テーピングをして土俵に出た方が良いに決まっています。テーピングを外して土俵に上がるというのは、それだけ戦いでハンディを負うことになります。僅差で勝敗が決まるギリギリの世界ですから、通常の力士であれば勝利を優先するため、テーピングを外すことはしないでしょう。自分の生活、人生がかかっているのですから当然です。

しかし、白鳳は 「醜い姿で勝っても、それはプロではない。美しい姿で勝ってこそプロである」 という信念を持っているのです。その信念の根源は 「お客さんへの感謝」 とのこと。国技館まで足を運んでくれるファンに対してはもちろん、TVで応援してくれるファンに対して、力士は美しい姿で魅せねばならない。それが白鳳の 「美しく勝つ」というこだわり に結びついています。

「美しく勝つ」 という価値観は、日本人にはよく理解できるものだと思います。しかし、日本以外の国ではどうなのでしょうか。「美しかろうが醜かろうが、勝つことが一番大切」 という価値観が世界では主流のように思います。

そんな中、日本の国技である相撲の世界で、外国人の力士が 「美しく勝つ」 ということの大切さを理解し、実践してくれているというのは、ありがたいことです。白鳳こそ、真の横綱に相応しい存在だと思いました。
白鳳 不知火型

「鳳」 とは伝説上の大きな鳥とのこと。上の白鳳の姿は、まさに白い鳳、そのものではないでしょうか。その姿は強く、美しいです。


(追記)
日本人の根底に流れる思想、「美しく戦うこと」 については、以前、「藤原正彦教授とドゥンガ監督の価値観の差」 という稿でお伝えしたことがあります。ご参考になれば幸いです。

巨匠フェリーニを前にした塩野七生さん

塩野七生とフェリーニ

ル・グラン162 ローラーボール (モンブラン) - ペン

もう十数年も前のことと思うが、NHKの依頼で、フェリーニにインタビューしたことがある。私は、ひどく緊張した。(中略)
というわけで、天才を前にする緊張にプラスして恐怖まで感じていた私だったが、それでも戦略は立てた。
まず第一に、私自身の思いや感想や意見を、絶対にさしはさまないこと。第二に質問は具体的に、短くすること。(中略)
結果は、一時間の約束が六時間になった。(中略) 彼も、しゃべったのですね。その理由を、フィルム交換を待つ間に、彼が言った。 「あなたは、いつものインタビュアーのように、自分の意見をペラペラとしゃべらないところがいい。」 戦略は成功したのだ。私は彼の俳優論を聴きたかったとする。それを、私はこう問うただけなのだ。 「あなたは、マルチェロ・マストロヤンニとよく仕事なさいますが、それはなせ?」 こう訊くと、マエストロは、十五分もしゃべってくれるのである。

塩野七生 : 人びとのかたち

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塩野七生さんの作品は好きでよく読んでいます。テレビでそのお姿を見たところ高い品格を感じさせる素敵な方でした。
塩野七生さん

そのうえ頭の切れ味は抜群ですから、人の値打ちなんてたちどころに見抜いてしまうわけでして、私なんぞが塩野さんを前にしたらタジタジになってしまうでしょう。

その塩野さんがイタリア映画界の巨匠、フェデリコ・フェリーニへのインタビューにおいては、「恐怖まで感じた」 と正直に述べられています。 (下はフェリーニの写真。余談ながら、私がフェリーニ作品を最後に観たのは20年以上前でして、どうも苦手な印象が残っています)
フェリーニ

塩野さんはその恐怖をどのように乗り越えたのか。そのヒントが上述の文章に隠されていると思います。

まず、ある仕事を任されたとき、最も重要なことは、”その仕事における成功” をどう定義するかだと思うのです。

知的ビジネスにおける成功、あるいは失敗というものは、よく考えると定義が難しいものです。将棋のように勝ち負けがはっきりしているものは少ない。ですので、「この仕事においては、ここまでできたら成功」 という定義をあらかじめ決めておかないと、その目標に向かっての作戦、ダンドリも組めず、仕事後の成果も不明なままになってしまいます。

ひるがえって、インタビューという仕事は成功の定義が難しいもののひとつだと思います。何を聞いたって、「インタビューの仕事をしました」 と言えるわけですから。

難しいがゆえに、インタビュアーは、よくよく考えると意味不明の質問をしています。例えば、スポーツの試合後よくある質問に 「今日の試合、振り返ってみてどうでしたか?」 というものがありますけれど、こうした漠然とした質問は答える選手を悩ませてしまいます。

塩野さんの場合、上述の文には記されていませんが、フェリーニとのインタビューにおける成功の定義をきっちり考えたはずです。なぜなら、それが無かったとしたら、「作戦を考える」 ということも無いからです。

塩野さんが定義した成功とは、この場合、「映画ファンが、フェリー二のインタビュー番組を見て、『面白かった』 と満足してもらうこと。そのために、彼が自ら話したがる環境に持ち込み、普段のインタビューでは話さないようなホンネや裏話を語ってもらうこと」 だったと想像します。

そこで採った作戦として、塩野さんは次の2つを述べています。

作戦1: 私自身の思いや感想や意見を、絶対にさしはさまないこと

作戦2: 質問は具体的に、短くすること

この作戦は相手が黒澤 明監督だったら違ったものになったかもしれません。イタリア人のフェリー二には、この作戦がベストだと塩野さんは判断したわけですね。

この作戦を決めた後に、塩野さんは最後に 「何を質問したらよいのか」 を考えていったのでしょう。フェリーニの姿を想像しながら、イメージトレーニングを重ねたにちがいありません。

こうした周到な準備によって自信を持ち、恐怖に打ち勝ち、塩野さんはインタビューを成功させたのだと思います。

さて、もし私が塩野さんと同じ立場だったら、まず 「何を質問したらよいのか」 から考えていってしまうと思うのです。しかし、それでは上述のとおり、インタビューの仕事が終わった後、何が成功なのかもよくわからないまま、「あ~、今日はいいインタビューできたんじゃないかな」 と自己満足で終わってしまうことでしょう。

大きなプロジェクトだけではなく、ひとつひとつの仕事、たとえば小さな会議であっても;

1)目標の明確化
2)作戦
3)ダンドリ
4)実行
5)成果の確認

これを常に自分が意識し、そしてチームの活動であればチームのメンバーと意識を共有すること、これがプロとしての仕事の質を高めることにつながるはずです。

そんなことを塩野さんの話を読んで感じました。

金八先生が教えてくれた ”人” の字の語源の話

武田鉄矢 人の字の語源

モンブラン121 (F)  - ペン
奥山 (セーラー)    -  インク 

<武田鉄矢 金八の「人」の教えは間違い 公開ざんげで訂正>

俳優の武田鉄矢(66)が20日、東京・学士会館で行われたTBS 「天皇の料理番」 (26日スタート、日曜後9・00) の制作発表会見に登場。同局で人気を博したドラマ 「3年B組金八先生」 時代の教えを“公開ざんげ”した。

 「あなたにとって愛とは?」 という質問に対して、「 『愛』 という字は、気になる人を振り返る姿から成り立っている」 という福井出身の漢文学者、白川静さんの話を引用した。

 さらに、武田が 「金八先生」 の劇中で 「 『人』 という字は2人の人が支え合っている」 と生徒に教えていたことを、白川さんが間違っていると指摘したことも紹介。実際は人が歩いている姿を象形したもので 「知ったかぶりをして、バカな中学校教師がご迷惑をおかけしたことをおわびしたい」 と頭を下げた。
( デイリースポーツ 2015年4月20日 )

武田鉄矢 天皇の料理番

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「3年B組金八先生」 は私が中学生の頃に大ヒットしたドラマで、近藤真彦や田原俊彦といったスターを生み出しました。私はTVドラマを見ないので金八先生も見ませんでしたが、この番組が与えた影響は大きかったと思います。

上述のとおり、金八先生で 「 『人』 という字は2人の人が支え合っている」 という言葉があったせいでしょうか。私もどこからかその話を聞き、長い間、それが本当だと信じていました。

武田鉄矢 人という字を教えるシーン

「人は一人では生きてゆけない存在。人と人とは互いに支えって生きている。”人”という字の語源はそれを示している」

これって、誰もが理解できて、やさしい気持ちになれる、美しい説明だと思います。私は外国人に漢字の説明をするとき、”人”の字を例にして伝え 「なるほど~」 と喜ばれたことが何度もあります。

ところが、上述のとおり、人の字の語源の真実は違っていました。

「白川静さんに学ぶ 漢字は楽しい」 に次の記述があります。

白川静さんに学ぶ 漢字は楽しい


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「人」という字は、古代文字の形を見ればわかりますが、人が横向きになった姿をかいた漢字です。
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左側を向いて手を下に伸ばした人の姿が原形で、一画目が頭と手を表し、二画目が首から足までを表しています。

ちなみに、右側を向いて人が二人並んだ姿が「比」の字形。

左側を向いた人と右側を向いた人が背中あわせになっているのが 「北」 の字形。

「北」 はそもそも 「背中」 や 「そむく」 という意味だったとのこと。しかし、この字がもっぱら方角の北を表すようになったため、区別するために身体の一部を表す「月」を付けて 「背」 いう文字が生まれたそうです。

さて、「人」 の語源なんですけれど、「正か誤か」 の価値観で判断するならば、金八先生の言葉は誤りでした。

しかし、金八先生の言葉のおかげで、「悩んでいた自分の心が救われた」 という方はきっと何人もいたでしょう。この言葉は 「正ではなかったけれど、美であった」 と私は思うのです。

報道によれば、武田鉄矢さんは 「バカな中学校教師がご迷惑をおかけしたことをおわびしたい」 と頭を下げられたそうです。

おそらく、「間違ったことをテレビで伝えたのは問題だ」 と非難する方がたくさんおられたのでしょう。非難した方々はたしかに正しいのです。

ただ、もう少し大らかに考えてもよいのではないかな、と思います。「美」 に価値観を合わせれば、武田さんの伝えた言葉のプラス面も見えてきます。

「正しくはないけれど美しい」 ということも認める世の中になっていけばいいなあ、と思います。

武田さんご自身も同じような思いはあったかもしれません。それでも潔く頭を下げられたのはさすがです。

ピュアモルト三兄弟

三菱 ピュアモルト プレミア

ピュアモルト、と言ってもウイスキーの話ではありません。三菱鉛筆の筆記具です。

ピュアモルトのペンの軸はウイスキーの樽から作られており、この木の感触がとても心地良いのです。

私はこのオークウッド・プレミアム・エディションの3機能ペン (シャープペン、ボールペン2本、型番 MSE-3005) がお気に入りで、以前、レポートを掲載しました。

これに味をしめまして、同じピュアモルト・オークウッド・プレミアム・エディションのシリーズから、さらに2種類のペンを購入しました。

上の写真は左から右に次の順番で並んでいます。

左 : MSE-3005 ピュアモルト 3機能ペン

中 : SS-2005 (ボールペン)

右 : M5-2005 (シャープペン)

こうして並べてみると、3機能ペンのサイズの大きさがおわかりいただけると思います。

重量の差は次のようになっています。

・28g = 3機能ペン
・23g = ボールペン
・22g = シャープペン

ボールペンとシャープペンの重量差はわずか1gですけれど、手で持って比べるとこの差を感じます。人間の手って本当に敏感なんだなあ、と思います。

軸径の差は次のとおりです。

・12mm(最大)、10mm(口金部分)= 3機能ペン
・11m (最大)、 9mm(口金部分)= ボールペン・シャープ

3機能ペンは径で1mm太いだけですけれど、手に持つとこの差は大きく感じます。

ペンの長さは差があります。

・140mm = 3機能ペン
・132mm = ボールペン
・135mm = シャープペン

シャープペンとボールペンの差は、口金の長さの差ですね。

クリップは、3機能ペンだけが長く他の2種は同サイズです。

このピュアモルト・オークウッド・プレミアム・エディションには、他にも様々な商品がありますけれど、シンプルなデザインのこの3種が美しいと私は思います。

3機能ペンの使用感については、以前お伝えしたとおりですので、ここではボールペンとシャープペンについてお伝えします。

まずボールペンですけれど、長さ、太さ、重さはバランスのとれた良い設計だと思います。

ボールペンで唯一、残念なところは替芯です。このペンには「SJ-7」という0.7mm芯が標準装備されています。インクの出は悪くないのですが、同社のジェットストリームに比べると劣ります。クチコミで、同社の「パワータンク用替芯 SJP-7も使用可能」という情報を見て試してみましたが、やはりジェットストリームの滑らかさには及びません。

とは言いましても、あくまでもジェットストリームとの比較で劣るという話ですので、普段使う際には全然問題無いレベルです。

続きましてシャープペンです。これも文句無しのすばらしいペンです。とても書きやすいです。ただ、残念なのは0.5mm芯しか無いこと。これの0.7mmがあれば自分にとっては最高なんですけど。。。

そしてもうひとつ。はっきりしたことはわかりませんが、このシャープペン、製造中止になっている可能性があります。私はこれに備え、追加で一本を購入し、スペアとして保管しています。

さて、この3種のペン、軸の色に違があるのがおわかりでしょうか。実は、中央のボールペンだけ、「KOYO ポリマール プラスチック磨きクロス」で磨いてみたのです。
プラスチック 磨きクロス

10分ほどシコシコ磨いてみたのですが、ラッカーで塗装したみたいにツルツルの表面になりました。

これはこれで見た目に美しく良いかんじですが、手にした感触は磨いていない方が少しザラつきを感じ、私は好きです。このあたりは好みは人によると思います。

以上、ピュアモルト三兄弟のレポートでした。

教養が身に付くテレビ番組

教養テレビ1

教養テレビ2

週間現代、2015年5月23日号で、”日本の識者30人が毎回観ている 「教養が身に付く」 テレビ番組”という記事が掲載されました。

これは各識者の意外な一面が見られて、面白い内容でしたので、ご紹介したいと思います。

複数回答があったのは次の番組でした。

・Qさま!! : 内田康夫 (作家)、堺屋太一(作家)、矢幡洋(臨床心理士)

・相棒 : 浅田次郎 (作家)、奥寺康彦(元サッカー選手)

・クローズアップ現代 : 降旗康男 (映画監督)、水谷修(教育評論家)

この三番組以外は、回答がバラバラでした。

「冗談でしょ?」 と思ったのは、名著 「頭の体操」 で有名な多湖輝教授が選んだ 「国会中継」。
頭の体操 多湖輝

同氏のコメントは 「いま大衆が何を求めているか、その心理を考えるという見方。国会中継は社会の動きを知るために必ず観る」 というもの。いくら多湖先生に薦められても、私は国会中継には面白さを見出せそうにありませんねぇ。。。

一方、ノーベル賞受賞の江崎玲於奈教授は、「笑点」。人を笑わせるためにはユニークな発想が求められます。天才はこういうところから、無意識に脳味噌を鍛えているのかもしれません。

元外交官の佐藤優さんは 「いないいないばぁっ!」。ウケ狙いかと思ったら、コメントには 「0~2歳児にどうメッセージを伝えるかについて、心理学、大脳生理学、認知哲学の成果を最大限に活用し作られている番組」 と記されており、なるほど、と納得。こんな番組でも、見方しだいでは大人でも楽しめる、というのは驚きました。

興味深かったのは、画家の安野光雅さんの 「NHK囲碁と将棋」。コメントには 「囲碁は石一つで世界が変わり、予定された行動が全くない。解説者の話を聞きながら対局者の頭の中を想像して楽しむ、奥深い世界」 とありました。

「絵画と囲碁・将棋」 というのは、一見して縁遠い関係に見えますが、将棋と絵画が好きな私からみて、「絵の好きな棋士」 と 「囲碁・将棋の好きな画家」 のどちらもわかるような気がします。画家が絵だけ描いていても、その芸はどこかで行き詰ってしまいます。棋士も同様です。全然違う世界にふれながら、自分の世界を広げていく努力をするに際し、「 絵画 ⇔ 囲碁・将棋 」 という組み合わせは相性が良いのではないでしょうか。

残念だったのは、私の好きな 「デザインあ (NHK)」 が無かったこと。
デザインあ という番組

まだ番組の知名度が低いのでしょうね。表向きは子供向け番組ですが、実際には大人も子供も共に楽しめるすばらしい番組だと思います。

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(追記)
以前、 ”「デザインあ」 はスゴイ番組でした” という記事を投稿しました。よろしければ御覧ください。

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