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胃カメラが大好きです

胃カメラと秋元 康
ペリカン M1005 (M)
ペリカン ロイヤルブルー

秋元 康 : おじさん通信簿

どうもおかしい。いつもなら、数秒で、意識を失うはずなのに......。
ここの所、忙しすぎて、眠れず、短時間で深い睡眠を取ろうと、睡眠導入剤(ハルシオン)や抗不安定剤(セレナール)や催眠鎮静剤(レンドルミン)を飲んだのがいけなかったのか!
このままだと、麻酔が効かないまま、口や肛門からファイバースコープを入れられてしまう。その苦しさを想像しただけで、逃げ出したくなった。
そして、僕は新谷先生に懇願した。
「先生、麻酔の効きが悪いようなんですけど.....」
すると、、近くの看護婦さんの声が聞こえた。
「秋元さん、検査は終わっていますよ」
同じような話を聞いたことがあった。
「そんな馬鹿な!」と思っていたが、自分が本当に体験してみて、そういうことってあるのだと思った。
====================

秋元 康さんの 「おじさん通信簿」 という本を読みました。この本の「検査中毒」という話に出てくるのですが、秋元さんは”検査”が大好きとのこと。なにを隠そう、実は私も”検査”が大好きです。なかでもお気に入りは胃カメラ。

私は若い頃、暴食と仕事のストレスにより、胃を痛めました(飲む方はほどほどでした)。胃の検査は20代の頃から毎年行なっています。

常々疑問に思っているのですが、なぜ、人間ドッグで組み込まれる胃の検査はバリウムを飲んで行なうレントゲン検査なのでしょうか?

レントゲンは少量とはいえ被爆しますし、影が見えて再検査となれば胃カメラを行ないます。そうであるならば、人間ドックは最初から胃カメラにするのが理にかなっていると思うんですけどね。

そんなわけで、私はいつも追加料金を払って胃カメラを選択しています。

さて、胃カメラを何度も経験してきてわかったのは、担当医の技術しだいで楽な場合もあるし、苦しい場合もあるということです。下手な担当医にかかると、まさに地獄の苦しみです。私はパニックに陥り、暴れて看護婦さん数人に押さえ込まれたことがあるくらいです。息が詰まって死ぬかと思いました。

そんなわけで、かつては「いい先生にめぐり合えますように!」と検査前は祈るしかなかったのです。

ところがあるとき、追加料金を払うと、睡眠状態に入る麻酔を受けられることを知りました。

この麻酔は、まさに極楽そのもの。看護婦さんが注射を刺して「はい、麻酔を入れますね」という声とともに麻酔液が身体に注入されると「麻酔が効いてきた~」というのを身体感覚でとらえることができます。

通常、睡眠に陥るとき、眠りの世界に入っていく自分を自覚することはできません。しかし、麻酔のときはそれを感じられるんですよね。これをどうとらえるかは人それぞれでしょうけれど、私にとっては強烈な快感です。

この麻酔を受けるようになってからは、毎年の胃カメラ検査が待ち遠しくてたまらなくなってしまいました。

昨年の検査の時は、あることを試みました。麻酔で睡魔が襲ってきても、それに耐えて睡眠に陥らないことは可能か否か、という実験です。

この実験のときの私の感覚は、上述の秋元さんのお話と大変よく似ています。

秋元さんは麻酔を注入されたのにもかかわらず、睡眠に入れなくて焦ってしまいます。「麻酔が効かないなあ...」と思っていたら、実はもう検査が終わっていた、という話。 (余談ですが、秋元さんの検査をされるのは、ベストセラー 「病気にならない生き方」 の新谷 弘実先生。この名医にかかれば、麻酔無しでも苦しくないはずです)

私の場合、麻酔が注入されて睡魔が襲ってきたけれど、「今回は眠らないぞ」 と気合を入れていました。そうしたら、看護婦さんが口の中に入っているカメラを取り出すのです。「あれ、今回は何か問題あって検査中止ですか?」 と聞いたら、看護婦さんから 「検査は終了です」 とあっさり言われて、「えっ?」 とびっくり。

自分では目を見開いて「寝ていない」と思っていても、実際、脳は睡眠状態に入っていたということなのです。

つまり麻酔が効いている間、私の中では時間が止まり、また、目を開けて見ているつもりだったけれど、実は何も見えていなかったということです。

この経験を通じ、麻酔薬の助けを借りたとはいえ、自分が”目で見る世界”や”時間の流れ”という「認識」は、いかにあやふやなものか、ということがわかりました。

人は他人と同じ時間を共有し、同じものを見たら、他人も自分と同じ認識を持つと思いがちです。しかし実際にはそんなことは全然無くて、認識は人それぞれなんですよね。

妻と小さなケンカをするたびに、「認識は人それぞれ。自分の認識ほど、あやふやなものは無い」 ということを思い出そうとするのですが、感情が先立ってうまくいきません。まだまだ修行が足りないようです。
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江川がメジャーへ行ったら通用したのか

私は子供の頃、巨人ファンでした。とくに小林 繁さんのファンでした。今、あらためてこのフォームを見ても、カッコいいなあ、と思います。
小林 繁 サイドスロー

その小林さんは1979年1月、”空白の一日”、江川事件の流れをうけて阪神に移籍します。
江川 空白の一日

これを境にして、私の心は巨人から離れアンチ巨人に。とりわけ大のアンチ江川でした。

しかし、敵ながらも、江川がプロ野球史上、傑出した能力を持つ選手だったことは認めざるをえませんでした。20勝した1981年頃の江川はまさに全盛期で(*本当の全盛期は高校時代といわれていますけれども)、彼が本気を出したら、プロでもバットに当てるのは難しいほどでした。
江川 卓

野球も日々、進歩していますから、もし当時の江川が、そのまま今の時代に現れたとして、当時と同じ成績を残せるかというと、それは難しいでしょう。

しかし、江川が仮にダルビッシュと同年齢で、現代野球に合わせてトレーニングを積んだとしたら、ダルビッシュ以上の活躍をしたと私は思います。江川は天才中の天才でした。

では、江川が1980年代初頭、メジャーに行ったら通用したのでしょうか?

ダルビッシュ、岩隈、田中将大、上原など、現在、メジャーでトップクラスの成績を残すピッチャーを日本は排出していますので、30年前のメジャーなら当時の江川でも充分活躍できた、と考えるのが自然だと思います。

たしかに、江川の持つ技術力や高い頭脳レベルを考えると、能力の面ではメジャーでトップレベルの成績を残すことができたであろうと私は思うのです。

しかし、実際には通用しなかったでしょう。理由はメンタルの壁です。

1980年当時、日本のプロ野球は、アメリカの二軍や三軍のレベルであると、アメリカ人も日本人も確信していました。日本では「怪物」と言われた江川も、「メジャーとはレベルが違うから、さすがに自分でも無理」という発想から抜け出れなかったはずです。

こうした日本人の発想をガラリと変えた人、それが野茂英雄です。
野茂英雄 sports illustrated

それまで日本人プレイヤーが抱えていた「メジャーは別次元」という固定観念や偏見を覆したのが野茂でした。

現在、優秀な日本人プレイヤーはメジャーに挑戦するのが自然の流れとなっていますが、それは全て野茂が切り開いてくれた道です。

「たしかに、メジャーは日本プロ野球よりもはるかにレベルが高い。しかし、努力と工夫しだいでは、日本人選手でも好成績を残すことは可能である」

今や自明となったこの事実を、最初に世に知らしめたのは野茂英雄であり、この偉業は国民栄誉賞に相応しいと私は思います。彼は日本野球界におけるコロンブスのような存在だったと言えるでしょう。

この、野茂の例からもわかりますように、人は誰でも、なんらかの固定観念や偏見の壁を持っています。その壁が、未来の可能性を切り捨てている面は必ずあるはずです。

年齢が上がり人生経験を積むほど、自然にこの壁の数は増え、それぞれの壁の高さと厚さは増してゆきます。

気が付けば、心と頭の中は固定観念と偏見の壁で囲まれていた、なんてことになってしまいます。

これを打ち破るためには、自らが固定観念と偏見の壁を打ち破るための、脳味噌のストレッチが必要です。身体のストレッチと異なり、脳味噌のストレッチは身体感覚が無いため、何をやれば良いのかわかりづらいですよね。

では、何が脳味噌のストレッチになるのか?

例えば、今まで楽器に興味がなかったけれどもピアノに挑戦してみる、料理が全然できなかったオジサンが料理教室に通ってみる等、やり方はいろいろあると思います。

そんな中、最も効率的な脳のストレッチは、現代アート鑑賞ではないかと私は思います。

「これのどこが作品なんだ?」っていうモノに出会って、「バカバカしい」、「ナンセンスだ」と通り過ぎるのは簡単なことです。しかし、そこで立ち止まって、「作者は何を伝えたかったのだろう? 自分の脳味噌は何を感じたのだろう?」 と、考えてみること。それでも何も感じないかもしれません。いや、感じないことの方が多いでしょう。そのように、拒絶せずに、まずは一回受け入れて、考えてみること、それが脳のストレッチになります。

脳のストレッチを続ければ、年を重ねても、固定観念と偏見の壁は肥大化しません。その状態を保つことができれば世界はいつも新鮮な驚きを自分に与えてくれるはずであり、人生はより実り多きものになるはずです。

マッキンゼーがアーティストを採用する日

トムピーターズ 経営創造
ペン : モンブラン149 (BB)
インク: モンブラン ロイヤルブルー

トム・ピーターズ :  経営創造

マッキンゼー社とボストン・コンサルティング・グループのコンサルタントたち、そしてMBAの肩書きをもつ者たちにつきまとう厄介な問題は、物事には正解があると信じ込んでいることだ。そして、この連中は自分たちが天からその正解を授かったと思っているから、余計に自分たちの主張を押し付けたがる。
(中略)
もういちど言わせてもらおう。「正しい」答えなんて存在しないのだ。
====================

20世紀後半は、戦略コンサルタントの全盛期でした。マッキンゼーの大前研一さん、ボストン・コンサルティング (=BCG) の堀 紘一さんといった、スーパースターが登場し、日本で最も優れた頭脳を持つ方々が、コンサルティング会社に集まりました。

私も、こうしたコンサルティング会社の方々と、仕事でかかわったことがありますけれど、その頭の回転の速さとバイタリティには、恐れ入ったことを覚えています。

しかし、当時のことを思い出してみると、上述のトム・ピーターズ氏の言うとおり、戦略コンサルタントの皆さんは「物事には正解があると信じ込んで」いました。その信念は、まるで宗教のように揺るぎないものを感じました。

「野球は”知能”の戦い、サッカーは”知性”の戦い」でお伝えしたように;

++++++++++++++++++++
「知能」とは、「答えの有る問い」に対して、早く正しい答えを見出す能力。

「知性」とは、「答えの無い問い」に対して、その問いを、問い続ける能力。
++++++++++++++++++++


ですので、戦略コンサルティング会社は、「全ての問題、課題には正解がある」という前提で仕事を進める「知能集団」です。

「知性集団」ではありません。

しかし、時代の流れを考えると、これからの時代に求められるのは「知能集団」ではなく、「知性集団」ですよね。

すなわち、マッキンゼーもBCGも、これからは知性集団に変身していかねば生き残れないはずです。

「知性集団としてのコンサルティング会社」って、いったいどんな仕事をするのでしょうか?

私のイメージは、佐藤可士和さんや水野 学さんといった、「クリエイティブ・ディレクター」、「アート・ディレクター」のような仕事を、個人事務所レベルではなく、より大規模な組織レベルで行う、というものです。

そうすると、電通や博報堂のような大手広告会社の仕事ともダブってきそうです。

大手広告代理店も、生き残りをかけて変身していかねばなりませんが、そこで戦うライバルはコンサルティング会社ということになるのではないでしょうか。

そんな時代になると、大学の偏差値ランキングも変わってくるかもしれません。アート系の大学が強みを持ってくるでしょうし、アート系の学部を新設する大学も増えそうです。また、これまであまり就職で人気のなかった、哲学学科なんかも注目されるのではないでしょうか。

マッキンゼーやBCGに新卒で採用されるのは、こうしたアート系、哲学系の学校を出た学生が多くなる時代が来ると私は見ています。

野球は”知能”の戦い、サッカーは”知性”の戦い

知性を磨く  150223
ペン  : アウロラ ― オプティマ (M)
インク : エルバン ― オレンジアンバー

田坂広志 : 知性を磨く

そもそも「知性」とは何か? 
実は、このことを考えるには、まず、「知性」という言葉と「似て非なる言葉」があることを理解しなければならない。
では、その「似て非なる言葉」とは何か?
(中略)
「知能」
その言葉である。
====================

田坂広志さんの本は、これまで何冊も読んできましたが、いずれも、その本代と読書時間のコストを、はるかに上回るリターンをもたらしてくれる本ばかりでした。この「知性を磨く」も多くの学びを私に与えてくれました。

田坂さんは本書において、「知性」と「知能」の違いについて、次のように述べておられます。

++++++++++++++++++++
「知能」とは、「答えの有る問い」に対して、早く正しい答えを見出す能力。

「知性」とは、「答えの無い問い」に対して、その問いを、問い続ける能力。
++++++++++++++++++++

この言葉を眺めていたとき、自分の中で見えるものがありました。

「村上 龍も苦しむ『サッカーを表現する』ということ」 や 「サッカー型組織がプロフェッショナルを必要とする」 などでお伝えしたことと重なりますが;

― 野球は「知能」の戦い、サッカーは「知性」の戦い ―

ということです。

もちろん、これは極論ですから、野球にも知性の戦い側面はたくさんあるし、サッカーにも知能の戦いの側面もたくさんあるはずです。

しかし、データ分析が勝敗の鍵を握る野球と、それが野球ほどの重要性を帯びないサッカーの違いは、皆さんご賛同いただけると思います。

データ分析こそ、まさに知能戦です。アメリカンフットボールも野球とよく似た、データの戦いです。国そのものが未開の地において人工的に作られ、徹底した合理主義により進化を遂げてきたアメリカにおいて、知能戦の野球とアメフトが国民スポーツになったのは、極めて自然のなりゆきでした。

こうした流れもあって、アメリカ人にとって、データも少なく、「どうやったら勝てるのか」 という正解が見えないサッカーは、長い間、人気のないスポーツだったのです。

ところが面白いことに、近年、アメリカでサッカーの人気が高まってきています。特に女子においては、サッカーをプレーすることも観戦することも、大人気のスポーツになっています。

この背景には、ヒスパニック人口の増加や、ワールドカップにおけるアメリカチームの善戦といった要因があると言えるでしょう。

しかし、私は、アメリカ人自身が「知能の時代から知性の時代へ」という、大きな世の流れを深層心理で感じており、それがサッカー人気の高まりを呼んでいるように思えてなりません。

世の中はあまりに複雑化してしまったため、ビジネスにおいて、正解が見える業務はどんどん減っています。正解が見えない業務の比率が増加する中、誰もが悩みながら自ら考え、判断していかねばなりません。

現代社会におけるサッカー観戦は、そんな悩めるビジネスマンにとって、「日々、知性の戦いをする自分」を投影する場としての一面があると言えそうです。

ベトナム・サンドイッチの思い出

ベトナムのサンドイッチ 1
ペン  : パイロット  ―  カスタムヘリテイジ912 (FA)
インク :  パイロット  ―  色彩雫 秋桜

玉村豊男 : パンとワインとおしゃべりと

 それが、ベトナム・サンドイッチの屋台だった。
 パンは、太めのバゲットといったところ。
 注文すると、一本を半分に切ったのを二つに開き、まず、レバーペーストのようなものを塗った。そして、醤油をパラリ。あとはお好みで、酸味の効いたベトナム風の生ソーセージでも、焼き豚でも、干海老でも、青菜でもネギでもトマトでも、大根と人参をせん切りにしたナマスでも・・・なんでも好きなものを言ってはさんでもらう。最後に、辛い唐辛子と香りの強い香菜を加え、全体にニョクマム(魚醤)を振りかけてできあがり。
 見ていると、いったいどんな味になるのか、不安な気持ちが先に立つ。まったく、どういう取り合わせなんだ!
 が、食べてみると・・・・これがなんとウマイのなんの、史上最高のミスマッチ!と私は思わず唸ってしまった。
 不思議な、筆舌に表現し難い、しかし感動的な味である。
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ベトナムへ初めて仕事で行ったとき(たぶん1998年)、いろいろと驚いたことがありました。ベトナム戦争のときに作られたクチ・トンネルはそのひとつでしたが、ベトナムのサンドイッチの美味しさも忘れられない思い出です。

ちょうど昼時、案内してくれた駐在員が、「お昼は簡単に屋台のサンドイッチではどうですか?」 と提案してくれました。「えっ、サンドイッチですか? せっかくベトナムに来たので、もっとベトナムらしいものを食べてみたいような気もするんですけど、、、」 と答えたら、「いや、ベトナムのサンドイッチは、我々がイメージする普通のサンドイッチとは違うんです。一度、食べてみてくださいよ」と言われました。

そこで車を止めて寄ったのが、下の写真のような屋台です。
ベトナムのサンドイッチ 2

駐在員氏が注文すると、手際よく店の方がサンドイッチを作ってくれました。その様子は上述の玉村さんの記述どおり。

最後に香菜、酢漬けの唐辛子、ニョクマムをふりかけるのを見て、びっくりしました。
ベトナムのサンドイッチ 3

伝統的なフランスパンの中身はまさに東南アジア料理そのもの。「ちょっと気持ち悪いなあ、、、」というのが正直な気持ちでしたが、おそるおそる食べてみたところ、いやはや、人間が創造するモノの可能性に限界は無い、と思い知らされました。あらゆる組み合わせの中に、創造のチャンスがあります。

アテンドしてくれたら駐在員が、「後で 『体調を崩した』 なんて文句を言われたら大変だから、日本から来た方に屋台の食べ物なんか出せない」 なんて保守的な人だったら、私はこのサンドイッチを知らないままだったでしょう。彼との出会いに感謝しています。

このサンドイッチ、ベトナム語で「バインミー」と言うそうで、ウィキペディアにも出ています。東京の高田馬場にはこの専門店もあるようですから、いつか行ってみたいです。

自分で作ることもできます。その場合、フランスパンは、ベトナム風の皮がカリッで中はサクッとしたものが向いています。中がモチモチの固めだと、このサンドイッチには向きません。欠かせないものは、(レバー)ペースト、香菜、魚醤、あとは酸味(レモンか酢)です。これ以外は上述の玉村さんの記述どおりお好みで。

このベトナム・サンドイッチと似た発想のものが、日本にもありますね。今やどこにでもある一皿になってしまった、明太子スパゲティなんてその典型ではないでしょうか。

アジアを旅するヨーロッパの方は、ベトナム・サンドイッチと明太子スパゲティの共通点を感じてくれるかもしれません。こうやって、食というものは進化していくものなのでしょう。

寿司をはじめとした日本食も同様に、海外で新たな作品に生まれ変わって我々に驚きを与えて欲しいものです。


= 追記 =
ベトナムは、フランスの影響でしょう、生産するコーヒーの品質にも定評があります。熱いコーヒーも良いのですが、サンドイッチ同様、ベトナム文化が生んだ、独特のアイスコーヒーが、これまたワンダフル! この極上アイスコーヒーがどこでも格安で飲めるので、ベトナムのスターバックスでアイスコーヒーを売るのは難しいのではないでしょうか。今度ベトナムに行ったら確かめてみたいです。

ベトナムのアイスコーヒー

日本人が論理思考を苦手とする理由

文章の品格
ペン  : ペリカン  ―  M 1005 (M)
インク :  ペリカン  ― ロイヤルブルー

林 望 : 文章の品格

日本では古来、相手の名前を打ち付けに呼ぶのは非常に無礼なことだと考えられてきました。それは名前にはその人の魂が宿っているからで、そういう大切なものを安易に口にするのは、相手の生命を脅かすものだとさえ思われていたのです。
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林 望(リンボウ)先生の「文章の品格」を読んで、驚いたことがありました。

なんと、日本語には、英語の「You」に相当する二人称が無い、というのです。「文章の品格」には次のように記述されています。

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たとえば日本語には二人称が無い、ということをご存知でしょうか。いや、そんなことはないよ、「あなた・きみ・そなた・おまえ」いろいろあるじゃないか、と反論が聞こえそうです。
しかし、じつはこれらの 「一見二人称に見える言葉」 は、語源的に見れば、それぞれ 「そちらにいる人、たいせつなかた、そっちのほうにいる人、目の前にいる人」 とでも言うべき言葉で、英語のyouのように、それ自体が二人称の代名詞として存在していた言葉ではありません。
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そう考えると、英語の「He」に相当する「かれ」も、「かなたの人」が語源であり、最初は男性も女性も区別なく「かれ」と使われていたはずです。それが近代になってヨーロッパ言語の影響を受け、「She」に相当する 「彼女」 という言葉を作り、「彼」は男性のみを指すようになっていたのでしょう。

このように、日本で人称代名詞の利用が遅れたのは、冒頭にあげましたとおり、日本では人の名前を呼ぶのは無礼なこと、とみなされる言霊文化が原因でした。

現代において、こうした過去の流れを知る人はほとんどいないわけですけれども、会話や文章の中で人称代名詞を省いた方が自然に感じるシチュエーションが多い理由は、日本語のそのものの歴史によるのですね。

主語を省くのが自然な日本語では、その代わりに敬語が発達しました。この敬語の発達が、変化の激しい四季や豊かな自然と相まって、日本人独特の豊かな感性や情緒を育んだのでしょう。

外国人に日本語というミステリアスな言語について説明するとき、「日本語は主語をよく省く」 と話すと、「それでどうやってコミュニケーションが取れるの?」 と不思議がられます。今まで、それに対して返す言葉がありませんでしたが、これからはきちんと説明できそうです。

さて、日本語の特性は、その代償として 「日本人の論理思考の弱さ」 につながってしまいました。主語を省く言語である以上、文章や会話の構成はどうしても曖昧になってしまいます。

今後、あらゆる面において国際化が進展していく流れにある中で、外国人とコミュニケーションをとるうえで、日本人の論理思考の弱さは大きな問題となります。このように考えると、今後は義務教育段階で、論理学の基礎を学ばせる必要があると私は考えます。

しかし、時代の流れは、21世紀に入り、論理が支配した時代から、情緒が優勢になる時代に移ってきています。これからの時代、日本人がその本質として備えている情緒力は、圧倒的に強い競争力を持つことになります。

情緒力と論理力、この両者は、本来、相反するものです。どちらも高レベルで備えることができる人はごく一部に限られるでしょう。

したがって、論理力を鍛える、とはいっても、「情緒力はそのままに、しかし、論理力は弱点を補う程度に」 が適切な目標ということになるのではないでしょうか。

子供の情操教育にマジックが良いとゲーテは考えた

世阿弥とマジック
ペン  : モンテグラッパ ・ ピッコラ (F)
インク :  モンブラン    ・ ボルドー

林 望 : 文章の品格

世阿弥が言っていることは、芸というものは、独りよがりではいけない、いま自分の演じている姿を、いちど冷静に自己を離れて、見物人から見たらどう見えるかという立場に立って見直してみるがよい、というのであります。
じつに透徹した、そして合理的なものの見方で、世阿弥はこれを能の演技について述べたのですが、ちょっと見方を変えると、なにも能のことだけでなく、表現ということ一般に押し広げて適応できる考え方だと思います。

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カードマジックの第一人者、前田知洋さんの 「人を動かす秘密の言葉」 という本に次の記述がありました。

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ドイツの文豪でもあるゲーテは、子供の情操教育にはマジックが向いていると考えていたようです。
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ゲーテは1749年生まれで、1832年に亡くなっています。この時代、マジックをアマチュアが行なうことは稀でした。現在では初心者向け手品本に紹介されるような作品のタネも、当時はプロにとって生活のかかった、秘伝中の秘伝だったわけです。

このような時代に、「子供の情操教育にはマジックが向いている」なんて発想を持つとは驚きです。私、ゲーテの作品は難しそうでとても読む気になれませんが、ゲーテが天才だったことは、この一言でわかります。

さて、前田さんは、ゲーテが「子供の情操教育にはマジックが向いている」と考えた理由について、次のように述べておられました。

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マジックが「表現すること」と「隠すこと」を同時に行うことを考慮すれば、子供が成長して社会で他人と接するときに、その経験が役にたつであろうと、ゲーテは思ったのかもしれません。
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たしかに、ゲーテはこのように考えたのかもしれません。「表現すること」と「隠すこと」という矛盾する行為を同時並行で進めねばならないマジックの特性を知ることは、大いなる学びにつながる可能性があります。

しかし、この文章を読んだとき、私はなにか、しっくりこないものを感じ、メモに残したままにしていました。

それが、冒頭の、”リンボウ” こと林望先生の文を読んでスッキリ理解できたのです。

マジックの練習をすることや演じることは、「相手から自分を見たらどう見えるのか」 という客観的な視点を鍛えるのに最適なのです。

もちろん、「演じる」ということに限って言うなら、日本の伝統芸能も含めた演劇一般についても、同様に客観的な視点を鍛えることができるでしょう。

しかし、マジックと演劇には、同じ演じる行為でも決定的な違いがあります。

まず、マジックはミスが絶対に許されない緊張の世界であること。多少セリフを間違えてもリカバリーの可能性がある演劇と異なり、マジックは観客からタネが見えたらアウトです。

そして、客のスタンスが違うこと。マジックの場合、客の多くは 「タネを見破ってやろう」 という ”挑戦” の眼で見ています。演劇の場合、「楽しもう」というスタンスで客は見てくれますが、マジックでそのような悠長スタンスで見てくれる客は悲しいかな少数派なのです。

さらに、一人芝居などを除き演劇は多人数で行なわれるものなので客の目線は分散しますが、マジックは通常、一人かせいぜい二人という少人数で演じるものであるため、客の目線は演者に集中しています。

だからこそ、マジックは、「幽体離脱して、演じている自分を見るもう一人の自分」 を持つために適したトレーニングになりえるのです。

このマジックの特性にゲーテが気づいたということは、ゲーテ自身がマジックを練習し、演じたに違いないと私は考えます。実際に体験し、客の前で失敗して恥をかかなければ、「マジック」という特殊な芸の真髄には迫れないはずですから。

さて、リンボウ先生は、客観的な視点を鍛えるということについて、 「ちょっと見方を変えると、なにも能のことだけでなく、表現ということ一般に押し広げて適応できる考え方だと思います」 と述べておられます。

「三浦知良選手の強みは幽体離脱の能力にあり」 でお伝えしましたように、アスリートであろうが、芸能人であろうが、料理人であろうが、ビジネスマンであろうが、あらゆる仕事において、「客観的に自分を見つめる、もう一人の自分を育てる」 ということが、上達の鍵を握っていると言えるのではないでしょうか。


= 追記 =

ご参考までに、リンボウ先生が冒頭で述べられた内容の元となった、世阿弥の文章をお伝えします。

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見所より見る所の風姿は、我が離見なり。然れば、我が眼の見る所は、我見なり。離見の見にはあらず。離見の見にて見る所は、則、見所同心なり

世阿弥 : 花鏡
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この文を、リンボウ先生は次のように解説されています。

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観客席から見るところの自分の姿というものは、自分にとっては「向こうから見る見方 = 客観的視線」である。そうすると、自分のほうから自分を見るのは「こっちから見る見方=主観的な見方」である。この我見は決して客観的にものを見ているのではない。けれども我意を離れて向こう側から自分を見直してみる。それすなわち、見物人がどう見るかというところと同じはずだ。
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戦争を知らない学生たち

戦争を知らない学生たち
ペン : ペリカン - M1005 (Mニブ)
インク: ペリカン - ロイヤルブルー

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オッサンである私は、ときどき懐メロを聞きます。

先日、1970年にジローズが発表し、大ヒットした 「戦争を知らない子供たち」 を聞きました。

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作詞:北山修
作曲:杉田二郎
唄 : ジローズ

戦争が終わって 僕らは生まれた
戦争を知らずに 僕らは育った
おとなになって 歩きはじめる
平和の歌を くちずさみながら
僕らの名前を 覚えてほしい
戦争を知らない 子供たちさ
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この曲が大ヒットした頃のことは、私はまだ幼かったので記憶にありません。しかし、後にテレビで安保闘争のビデオが流れるたびに、この音楽が流れたので覚えてしまいました。「戦争を知らない子供たち」という歌は、安保闘争の象徴のひとつと言えるでしょう。

さて、この音楽をぼんやりと聞きながら、ふと、先輩が 「最近の女子大生は、日本とアメリカが戦争したことすら知らない子が多いみたいだよ」 と話していたことを思い出しました。

このことを思い出して、歌を聞き終えた後、ネットで調べてみました。

すると、作家の曽野綾子さんが2010年5月28日、産経新聞の 「小さな親切 大きなお世話」 というコラムにおいて、「『学業優先』の責務」 という題で次のエッセイを書かれていたことがわかりました。

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「WILL」7月号の連載の中で、堤堯氏があるテレビ局の公開討論に出演した時のことを書いておられる。質問の時間にある男性が、自分は聖心女子大学で教鞭を執っている者だが、41人の学生に新聞を取っているかどうか聞いたところ、取っている人はたった4人。アメリカと戦ったことを知っている人は約半分の21人しかいなかった、と話した。 (以下略)
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今やニュースはネット配信が中心の時代になってしまったので、新聞を取る学生が少なくなったことは、良い悪いは別にして、理解できます。しかし、日本がアメリカと戦争したことを知らない学生が、聖心女子大のような偏差値の高い大学において半数もいたということはショックでした。

「戦争を知らない子供たち」 の歌詞にあるように、

・ 「太平洋戦争が起こったことは知っているけれど、自分は戦後生まれなので 『戦争を知らない』世代である」

ということと、現代の学生ように、

・ 「戦争が起こったこと、そのものを知らない」

というのは、同じ 「戦争を知らない」 でも、次元の違う話です。

最近の学校教育に関しては、小学校での英語の必修化のように、理不尽なものを感じますが、それにしても 「日本がアメリカと戦争をしたことを知らない」 という子供が増えてしまったというのは、由々しき問題だと思います。

右翼だろうが左翼だろうが、人それぞれの考えがあって良いと私は思うのです。しかし、日本はアメリカと戦争をして負けた、という事実は、義務教育を受ける日本人、誰もが知っていなければならないことです。

このことを知っていなければ、現代社会における、日本の様々な問題を理解できないし、理解できなければ自分の意見も持てなくなってしまいます。

小学生への英語の授業はもちろんのこと、二次方程式の知識よりも、日本人として知らねばならない常識レベルの現代史を義務教育で叩き込んでほしいです。

万年筆で書くと字が上手に見える

万年筆の達人 川口明弘
万年筆の達人 : 川口明弘

ペン : パイロット - カスタムヘリテイジ912 (フォルカン)
インク: パイロット - 色彩雫 秋桜


道具というものはそれを使ってみたいと思う時に何かあるんですね。私は万年筆とは何かっていったら、綺麗な字が書きたい、美しい字が書きたいから使うんだと思うんです。
お客さんはよく自分は字が汚いからって言われますが、これは裏返せば万年筆だったら綺麗な字が書けるんじゃないか、そういう気持ちからの言葉だと思うんです。
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以前、「悪筆コンプレックス」という稿でお伝えしましたが、私は自分の書く字があまりにヘタクソで、強い劣等感を持っていました。

子供の頃、「そんなに字が下手だと、社会人になってから苦労するよ」と親から言われました。しかし、「僕が大人になる頃には、みんなペンで字なんか書かないよ。コンピューターで字を書くから、字が下手でも全然問題ないんだ」 と屁理屈で答えていました。

1970年代の時点で繰り返しそう言っていましたから、妙なところで先見の明がありました。

その後も、相変わらず字はヘタクソなままでしたが、上達したいという意志が無かったわけではないのです。少なくとも自分の名前と住所くらい、まともに書こうと思いました。しかし、なぜかどうしても書けないのです。

辿りついたついた結論は、「字の美醜は、顔の美愚と同じく才能だ」 でした。

そんな私が、40歳代後半に偶然、万年筆を手にするようになり、今は字を書くのが楽しくてたまらなくなってしまいました。まだ上手とは全然いえませんが、コンプレックスは無くなりました。

自分でも驚くこの変身の理由は、「万年筆で書くと、字が下手な自分でも、少しは上手に見えてしまう」ということに尽きます。

実は先日、私と同世代で、急に万年筆にハマった方と話す機会があり、その方も全く同じことを申されていました。

「万年筆の達人」という本に出てくる、元セーラー万年筆の川口ドクターの上述のコメントもそれを裏付けます。やはり、万年筆には、字が上手に書けてしまう「何か」があるのです。

その「何か」を考えてみました。

1)「紙とペンの適度な摩擦」という説
社会人がペンを使う場合、ボールペンとなるケースが圧倒的に多いはずです。インクの出が良いボールペンは、紙面を滑る感じがあり(特にゲルインクやジェットストリームのような油性インク)、ペン先のコントロールが難しいといえます。万年筆もペンによりますが、ボールペンに比べると紙との摩擦間を感じやすく、それゆえにペン先のコントロールが効き易いといえます。

2)「重さと価格」という説
万年筆は一般に、その他の筆記具よりも重みがあり、価格も高価であるため、それが書く字に良い影響を与えている、という説があります。しかし、私の場合はこの説は当てはまらないようです。重みのある高級ボールペンを使っても、字は醜いです。

3)「ペンの角度」という説
ボールペンはペンを寝かせて書くと、ペン先のボールが回らず、インクも出てきません。このためペンを立てて書きがちです。これに対して万年筆は寝かせて書く傾向がありますので、それが字に影響を与えるとも言えます。

4)「書く速度」という説
万年筆は、これもペンによりますが、あまり速く書くとインクが出ずにカスれてしまいます。そもそも、忙しい仕事の最中、ノックしてすぐにメモできるボールペンと違い、万年筆はキャップを外すという手間がかかかるものであり(*キャップレスのような特殊な万年筆を除いて)、非効率的です。ゆえに、万年筆は気持ちに余裕のあるときに持つのが相応しいペンと言えるでしょう。万年筆だと、ゆっくり書くから、ペン先のコントロールがしっかりできて、字が上手になったように感じ、それがやがて「万年筆で書くと良い字が書ける」という自己暗示につながっているとも言えそうです。

5)「トメやハライ、線の強弱」という説
万年筆は、ボールペンに比べて線の強弱や、トメやヤライは表現しやすいです。それが、連続する字の流れの中で、ボールペンで書く字よりも、綺麗に見えるということが言えそうです。セーラーの長刀、パイロットのフォルカン、といった特殊ペン先を使えば、この差は顕著です。

6)「筆圧」という説
ある程度の筆圧をかけないとインクが出ないボールペンと異なり、万年筆は筆圧をかけすぎるとペン先が割れてインクが出なくなってしまいます。適切な調整がなされた万年筆であれば、力を抜いて書いても、ヌルヌルとインクが出てきます。リラックスして書けることが、良い字につながるのかもしれません。


私の場合、最大の要因は6)筆圧、ではないかと思っています。万年筆で書くのに慣れるようになって初めて、これまでボールペンで書くとき、いかに力んでいたのかを知りました。以前はボールペンで400字原稿用紙一枚でも書こうものなら、指先が痛くなるほどでしたから。「力を抜いてもインクが出てくる」という書き方は、私にとって衝撃でありました。

「書く、ってことは、こんなにも面白いことだったんだ」というこの驚きを、弟にも伝えたいと思い、今年の正月、弟にプラチナ万年筆の「3776 センチュリー・シャルトル・ブルー細字」をプレゼントしました。この万年筆であれば、長期間放置しても、特殊機構によりインクが乾いて詰まってしまう事故は起こりませんから。

私が以前、部下から万年筆を贈られて「やっかいなモノ、いただいちゃったな」という思いを抱いたのと同様、弟も少し困惑した表情を見せていました。しかし、いつの日か、この楽しさを知る日が彼にも来て欲しいと思っています。

一番重要な資産は何か

飯田 亮  セコム創業者2
ペン  : アウロラ ・ オプティマ (M)
インク : エルバン ・ オレンジアンバー

飯田 亮 : 経営の実際

「私は企業経営で一番重要な資産はカルチャーだと思っています。」

====================

今はどの企業もコンプライアンスに神経を尖らせていますね。私が社会人になった20年以上前とは雲泥の差です。

私は組織のメンバーに対して 「会社にとって一番重要な資産、それは『信用』です。たった一つのコンプライアンス違反が、その信用を破壊してしまうことすらあるのです」 という話をしたことがあります。

食品会社や外食産業における偽装問題はもちろん、山一證券やエンロンのように粉飾決算で倒産した会社もあります。

こうしたことから、私にとって 「会社の一番重要な資産は『信用』である」 ということは、疑いようのないものでした。

しかし、先日、上役のスピーチの中で、「会社にとって一番大切な資産、それは 『人』 です」という話があったのです。

なるほど、『人』 という考え方もあるんだな、と思いました。

さらに気になって、自分の読書メモをめくってみたら、上述の、セコムの創業者、飯田 亮さんの 「会社にとって一番大切な資産は『カルチャー』です」 という言葉を見つけました。

「信用」、「人」、「カルチャー」、一体、どれが会社にとって一番大切な資産なのでしょうか?

「会社のカルチャーがあるから、それに惹かれて人が集まる」とも言えるし、「人が信用をつくる」とも言えるし、「信用がカルチャーをつくる」とも言えそうです。

考えれば考えるほど、堂々めぐりになります。

この問いに、正解はありません。しかし、たとえ正解が無くても、自分の答えは持っておいた方が良いと思うのです。それが、その人の価値観を表します。私の場合、悩んだ末に、次の結論に到りました。

やはり、最初に考えたとおり 「信用」 です。

「信用」、「人」、「カルチャー」、この三つの言葉を比較すると、「信用」だけが、他の二つと大きく異なる点があります。それは、「他力」ということです。

企業における「信用」は、「ブランド」と言い換えることもできます。ブランドがどれだけの価値を持つかは、世間が決めること。自分たちがどんなに努力しても、世間は認めてくれない、ということもありえます。

一方、「人」や「カルチャー」は自分たちの努力次第でいかようにも変えることができます。ここに世間は一切、関与できません。

自分でコントロールできないことだからこそ、「信用」「ブランド」を築くということは、企業活動において、最も難しいことだと言えるでしょう。

そのように考えると、「信用」「ブランド」を築くことが企業活動における”目的”であり、「人」や「カルチャー」は目的を達成するための”手段”といえるのではないでしょうか。

法人ではなく、個人のレベルに置き換えて考えてみても、これは同じことだと思うのです。

「信頼される人」 になるというのは、最も難しいことです。人様から 「信頼される人」 になることを目指して、教養を身につけたり (会社に例えれば「人」)、品格の向上を目指したり (会社に例えれば「カルチャー}) するのではないでしょうか。

時々、有名人のインタビューなどで、「私は親から 『あたなは○○という人間になりなさい』 と子供の頃から言われて育ちました」 などというコメントを目にします。

私は自分の娘に 「人様から信用される人間になりなさい」 と語り続けようと思います。

「パパは人から信用されているの?」 と娘に聞かれたら、答えに窮しそうですが。。。
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