村上 龍も苦しむ「サッカーを表現する」ということ

村上 龍の語るサッカー表現の難しさ
村上 龍 : Mundial 2002 世界標準を越えて

ペン  : モンブラン ・ 146 (EF)
インク : ペリカン ・ ロイヤルブルー

サッカーというスポーツは歴史とか物語性が排除されてしまって瞬間的な運動性身体性が突出するところがすばらしいのに、歴史や物語を使って説明しなければそのすばらしさを伝えにくいということが寂しいのだ。(中略)サッカーのワンプレーには恐ろしい情報量が含まれていて、それは本質的に歴史や物語性を拒否する。

====================

2005年12月30日、初めて村上 龍さんのこの文章を読んだとき、今ひとつ理解できませんでした。

「サッカーのワンプレーには恐ろしい情報量が含まれていて」ここはわかるのです。

問題はその次、「それは本質的に歴史や物語性を拒否する」、これは何を意味しているのか? 気になって、ノートに書き留めていました。

それから10年弱を経た今、ノートを読み返してみて、わかったように思います。

サッカーは 「詩的」なんですね。感性の世界なのです。しかし、詩の形では読者に、その素晴らしさを伝えることができません。そこで、歴史や物語といった、論理のパワーを行使して説明しなければならないわけですが、天才、村上 龍をしても「そのすばらしさを伝えにくい」。それがサッカーというスポーツの本質なのでしょう。

前稿、「村上 龍の考える映画監督とサッカー監督の共通点」で、「野球とサッカー」、「オーケストラとジャズ」という形で対比しましたが、これをマトリックスにまとめたものが次の表です。
思考と論理の関係

今回は「電車の運転手とパイロット」という対比も加えています。

これはどういう事かというと、大雪が降った、地震が起きた、線路に人がいる、といった特殊な状況を除き、電車の運転手はマニュアルに沿って、時間どおり正確に運行することが求められる職業です。個人の創造性を発揮する余地はありません。

一方、パイロットは、常に変化する気候に応じた判断が求められます。例えば、目的地が霧で覆われているとき、上空で旋回して燃料が持つギリギリまで待機するのか、出発地に戻るのか、近くの別の空港に着陸するのか、全て機長の判断に任されます。マニュアルを越えた、クリエイティブな発想が必要とされる職業です。

「サッカーの選手、ジャズの演者、パイロット」、これらは、「直感的な思考」が求められ、「個々の判断に依存する部分が大きい」という職業です。それは同時に、そのコツや面白さを、言葉で表現するのが難しい職業、ということも言えるのです。

言葉で表現するのが難しい、とは言っても、サッカーの場合、監督が選手たちに対して、「俺のサッカー観は言葉では表現できないから、おまえたちの感性に任せる」と言っているようでは試合に勝てません。

上で村上 龍さんが 「サッカーのワンプレーには恐ろしい情報量が含まれていて、それは本質的に歴史や物語性を拒否する」 と述べているとおり、サッカー監督は、言葉というツールの限界を痛いほど感じながらも、言葉の持つ論理の助けを借りて、チームに自分の思想・哲学を浸透させねばならないのです。

前々稿 「長谷部 誠が日本代表の監督になる日」 で、「外国人監督では、日本は強豪国になれない」とお伝えしたとおり、サッカーというスポーツの特質上、日本語ですら監督と選手間のコミュニケーションは取りづらいものなのに、ましてや外国語では全然伝わらないのは自明の理でありましょう。

このことは逆に、海外でプレーする日本人選手にとって、成功するための重要な鍵は言語能力ということ意味しています。

言語では表現しきれない、しかし監督と選手は言葉でしかコミュニケーションが取れない、その大いなる矛盾がサッカーの難しさであり、楽しさだと思うのです。

村上 龍の考える映画監督とサッカー監督の共通点

村上 龍とサッカーと映画
村上 龍 : Mundial 2002 世界標準を越えて

ペン  : ペリカン ・ M1005(M)
インク : ペリカン ・ ロイヤルブルー

昔、映画監督のジャン・リュック・ゴダールにインタビューしたとき、「私は何も創造していない。組み合わせているだけだ。」という印象的な言葉があった。映画において、例えば樹木一本と俳優をフィルムに収めるとき、監督は何かを創造しているわけではなく、樹木の種類や俳優、カメラの位置や光の強さや角度を「選んでいる」だけだ、とゴダールは言ったのだ。(中略)
要するに監督の仕事の九十九パーセントは個々の選手の能力と適正を見抜き、その組み合わせを考えてモチベーションを引き出すこと、に尽きると思う。

==================== 

村上 龍さんを見たことがあります。学生時代、シンガポールのラッフルズホテルを見物しに行ったら、映画の撮影現場に出くわし、村上 龍さんが監督されていました。それが、「ラッフルズホテル」という映画だったことは後に知りました。

村上さんは、不機嫌そうな顔をして、椅子にふんぞりかえっていました。仕事をするとき、村上さんはいつもそういう顔なのかもしれないし、たまたま虫の居所が悪かったのかもしれません。ただ、あの雰囲気では、スタッフの皆さんも仕事を楽しめないだろう、と思いました。

サマセット・モームの面影を求めてラッフルズを訪問したのに、なんだか暗い雰囲気になっちゃったな、と思って、その場を去ったことを覚えています。映画も観ていません。

さて、その村上 龍さんがゴダールとのインタビューについて述べておられるのが冒頭のコメントです。このゴダールのコメントがベースとなったのでしょう、「サッカー監督」 という仕事について、「要するに監督の仕事の九十九パーセントは個々の選手の能力と適正を見抜き、その組み合わせを考えてモチベーションを引き出すこと、に尽きると思う」 と述べています。

すなわち、村上 龍さんは、映画監督とサッカー監督に共通点を見出しているのです。

しかし、私は、映画監督と似ているのは、サッカー監督ではなく、野球の監督だと考えています。どこが似ているとかというと、各場面でカットがあり、その都度、監督が指示できるという点です。

前稿で私は「サッカーの監督は、ある意味で戦術家というよりも、他人を巻き込む思想家、もっとわかりやすくいうならば、ある種の宗教家的な資質が求められる職業だと思うのです」 とお伝えしました。

映画監督や野球の監督も、その哲学・思想を、チームのメンバーに浸透させることは必要です。しかし、映画や野球は、場面毎でカットされて進行するものである以上、チームのメンバーは監督の「駒」として、指示どおりに動くことが求められます。個々の判断力に任せられる部分は少ないのです (*渥美 清や高倉 健ほどの大物なら、監督から『演技は任せます』と言ってもらえるでしょうけれど、そういうケースは稀でしょう)。

サッカーの場合、ひとたび試合が始まれば、監督は細かい指示をすることはできません。また、セットプレーを除き、練習と全く同じ局面に出くわすことはありません。そんなわけで、チーム内である程度の約束事はあるにせよ、かなり多くの部分は選手個人の判断力に委ねられています。

その判断力のよりどころとなるのは、監督の哲学・思想です。これがしっかり浸透していなければ、個々の選手の判断のベクトルにズレが生じ、チームはバラバラになってしまいます。

まとめますと、映画と野球の監督は、村上 龍さんのおっしゃるとおり、「個々の選手の能力と適正を見抜き、その組み合わせを考えてモチベーションを引き出すこと」 に尽きるのでしょう。しかし、サッカー監督はそれに加えて、「監督の思想・哲学を個々の選手に浸透させること」 が圧倒的に重要な要素となってくるわけです。

これを別な形に例えるなら、オーケストラとジャズの違いではないでしょうか。オーケストラは場面毎でカットされることは無いものの、各演奏者が指揮者の駒となり、演奏者個人の判断力に任せれる部分が少ないという点では、映画や野球に似ています。

これに対して、ジャズは監督こそいないものの、全てアドリブで進んでいきます。ある程度の約束事は、事前のリハーサルを通じて共有されているものの、本番となれば、各奏者の自主判断に委ねられます。メンバーの思想・哲学が一体化したとき、その演奏は光り輝くものになるのです。

日本サッカー協会は、発想を変えて、代表チームのオフの日に、選手たちを一流のジャズ演奏会に連れて行くのが良いかもしれませんね。あるいは、それをやる前に日本サッカー協会のお偉いさんが、ジャズ演奏会に行って、サッカーの本質とは何なのかを肌で感じてもらうことが重要かもしれません。

一見、全然関係の無いところに、飛躍への思わぬヒントが隠れているものです。

長谷部 誠が日本代表の監督になる日

長谷部誠を代表監督に

湯浅 健二 : サッカー監督という仕事

ペン  : プラチナ ・ プレピー (極細)
インク : プラチナ ・ ブルーブラック 

サッカーは不確実性要素テンコ盛りのダマシ合いだから、最終的には自由にプレーせざるをえないボールゲーム。計画(戦術)どおりにコトを運ぼうったってそうはいかない。
もちろん個人の力だけでも立ち行かない。
だから「攻守の目的を達成するための実践的なバランス感覚」  を、いかに選手たちに植えつけるか - それが監督にとって重要なテーマになるのである。
それを養うためには、まずは監督自身が優れた「実践的バランス感覚」を有し、広範なプレーの選択肢をイメージできていなければ話にならない。そして、前述したように、現存選手たちの能力、個性、インテリジェンスなどをベースに、どこに「組織と個のバランス」のポイントを置くのかを、柔軟に探るのである。

====================

アジアカップで日本があっさり敗退しました。優勝は難しいかもしれないと思っていましたが、まさかこの段階で敗退するとは思ってもみませんでした。いくらボール保持率が高かろうが、シュート数が多かろうが、UAEに勝てなかったというのは厳然たる事実。

「UAEごときに」、と言ったらUAEさんには申し訳ありませんが、こんなレベルで引き分けているようでは、本田選手や長友選手が言っている”ワールドカップ優勝”なんて遠い夢のかなたです。

10年以上前のトルシエ監督時代のチームと今のチームが戦ったら、今のチームが負けるのではないでしょうか。日本代表はトルシエ時代まで進化を続けてきたけれども、そこで進化は止まってしまった、というのが私の率直な意見です。

ではどうしたら、トルシエ時代を越えることができるのか?

この問題に関して、数多くの専門家が様々な意見を述べています。

素人ながら、私はこの問題に対して、確信めいた回答があります。

個々の選手の能力差なのでしょうか?

かつての日本のエース、中田英寿さんは「サッカーキング」のインタビューで次のように答えています。

Q:「勝てるチーム」とはどんなチームなのでしょうか?
A(中田):W杯で優勝するチームと言っても、別に実力が飛び抜けてすごいわけじゃないんです。点を取るべきところで取るし、取られちゃいけないところで取られない。そうやって、何だかんだで勝ち進んでいくチームが、優勝するチームなんですよね。

中田さんが 「別に実力が飛び抜けてすごいわけじゃないんです」 と言っているのは、個々の選手の能力差に大きな違いはない、ということを意味していると私は解しました。世界の第一線で戦ってきた中田さんの言うことなのだから、間違いないと思います。

では何が鍵なのか?

それは監督の差、と私は考えています。

しかし、私が申し上げているのは、世界の超一流監督と称されるグアルディオラとか、モウリーニョとかを招聘すれば良い、という話ではありません。

優秀な日本人の監督がいない、ということが最大の問題なのです。

日本のマスコミは、日本代表の話をするとき、3-4-3だの、4-4-2だの、フォーメーションや戦術の話が大好きです。海外のマスコミも戦術の話は好きですが、私の見るところ、おそらく日本のマスコミが一番、戦術にこだわっているのではないでしょうか。

これは、最も戦術が勝敗に影響しやすい野球というゲームの感覚でサッカーを観るクセが付いているからではないか、と考えます。もっと言うなら、「型」を重視する、日本の「XX道」の影響ではないかと。

しかし、世界の集団ボールゲームにおいて、サッカーほど、「戦術」から縁の遠いスポーツは無いと私は思うのです。

上述の「サッカー監督という仕事」にありますとおり、サッカーというスポーツにおけるチームの強弱は、「『攻守の目的を達成するための実践的なバランス感覚』を、いかに選手たちに植えつけるか」、その差にかかっています。

つまり、監督の思想がどれだけ個々のメンバーに浸透するか、その差なのです。

サッカーの監督は、ある意味で戦術家というよりも、他人を巻き込む思想家、もっとわかりやすくいうならば、ある種の宗教家的な資質が求められる職業だと思うのです。

「監督と選手との思想の共有」ということを考えた場合、”言語”は決定的に重要な意味を持ちます。外国人監督の場合、いくら優秀な通訳がいたところで、代表チーム国の母国語でコミュニケーションが取れなければ、「哲学の共有」は困難でしょう。それくらい、通訳によるコミュニケーションとダイレクトなコミュニケーションは差があります。これは仕事で通訳を使って交渉した経験のある方ならご理解いただけると思います。

さて、実際のところ、2014年ワールドカップで予選を突破した16チームのうち、監督が代表チーム国の母国語を話せなかったケースは、どれだけあるのでしょう?

たった1チーム、ギリシャだけです。ギリシャの監督はポルトガル人のフェルナンド・サントス氏でした。

同じく決勝トーナメントに進出して、ドイツを苦しめたアルジェリア監督はボスニア・ヘルツェゴビナ人のヴァヒド・ハリホジッチ氏だったので、母国語を話せないかと思ったら違いました。アルジェリアはフランスの植民地だったので、フランス語は第二の母国語という位置づけです。一方、ハリホジッチ氏は、選手時代、そして監督時代にフランスで長年暮らしており、フランス語は堪能なのです。ですので、アルジェリア代表の選手たちと、彼はフランス語で濃密なコミュニケーションが取れていました。

アメリカ代表の監督だったクリンスマン氏はドイツ人ですが、彼の英語力はネイティブ水準です。

まとめすと、決勝トーナメント出場16チームのうち、監督が代表チームの母国語を話せないのは1チームしか無かったのです。

ということは日本がサッカー強豪国になるには、日本語を話す優秀な監督の誕生が条件ということになります。優秀な監督とは、海外のトップ水準のリーグにおけるクラブチームで実績を残す監督です。

このように考えると、優れた日本代表監督を生み出すルートは、ドイツ等の強豪国で選手として活躍した後、その国に残り、監督のライセンスを取得し、クラブ監督として好成績を収めること、ということになるでしょう。そういう人材を生み出すために何をするべきかを、日本サッカー協会は考えていかねばなりません。選手をいくら育成したところで、日本がサッカー強豪国になることは無いのです。

上述のシナリオで行きますと、未来の日本代表監督として、最短距離にいるのは長谷部選手でしょう。彼には、ドイツにそのまま残って監督を目指す、ある種の「使命」があると私は思います。細貝選手や、吉田麻耶選手にも、その可能性があると思います。酒井高徳選手にも期待したいです。

長谷部選手が現役引退後、ドイツに残り、監督ライセンスを取得して、クラブチームで成果をあげること。そしていつの日か日本代表監督に就任してくれること。それは最短でも、今から16年後でしょう。

その日が来れば、日本代表はサッカー強豪国の仲間入りができると私は確信しています。

矢沢永吉が高級外車を選ぶ気持ちで・・・

矢沢永吉 成りあがり  高級外車を選ぶ気持ち

矢沢永吉 : 成りあがり

ペン  : セーラー ・ プロフィット21 (Mニブ)
インク : エルバン ・ モクセイソウグリーン 

 シルバーメタリックのポルシェから、アウディから、リンカーン・コンチネンタル、いろんな車があってから、朝出る時に、サイコロ振るわけ。
 コロコロッ。六番。アウディ。
「よし、ちょっと買い物に行くか。六番はアウディか。しょうがないな。オレはポルシェって気分だったけど、サイコロが決めてくれた」
 こういう感じで決めまくりたいもんだね。

====================

矢沢永吉さん、歌は私の好みではないのですが、カッコいいオジサンだなあ、と思います。私の中では、日本のミック・ジャガーですね。矢沢さんは1949年9月14日生まれ。現在、65歳です。

この「成りあがり」という本は、1978年、彼が28歳の時に出版されています。この年に、「時間よ止まれ」が大ヒットしました。ウィキペディアによると本は100万部を越えるベストセラーだったとのこと。

私はこの本を大学生の頃に読みました。当時は私もまだ、ギラギラしていましたから、矢沢さんのサクセスストーリーに酔いしれたことを覚えています。

学生時代に感銘を受けたこの本、今読んだらどう感じるのだろうと思って、今回、四半世紀ぶりに読み返してみたのです。さすがに今さら「オレもビッグに!」とは思いませんでしたが、永ちゃんからエネルギーを分けてもらった気がします。

本を読んで驚いたのは、矢沢さんはこの本を書いた28歳の時点で、「五十歳になっても、白髪頭で再び五万人ぐらいのコンサートをやる」と宣言していること。実際には50歳どころか、2009年に60歳記念ライヴ“ROCK'N'ROLL IN TOKYO DOME”で、5万人の観客を集めています。本当に夢を実現した人なんですね、この方は。

さて、あらためて読んでみて、学生時代に一番感銘を受けた箇所を思い出しました。それが冒頭の部分でして、「成りあがり」の最後の方に記されています。

これは矢沢さんが、「時々、こんな妄想をしながら、一人でニヤニヤして楽しんでいる」と述べているところです。

~ 自宅の駐車場には、高級外車がズラリ勢ぞろい。お出かけするときにどの車に乗るかはサイコロで決める ~

この映画のようなシーンに「オレもこれやるぞ!」と、憧れたんですね。潜在意識に刷り込まれました。

潜在意識に刷り込まれたけれども、結局、私は永ちゃんじゃないので、高級外車に囲まれる夢は実現できず、今も粛々とビジネスマンを続けています。

しかし、今回、私は学生時代の夢を、自分のレベルで実現していることに気づいたのです。

そう、高級外車ではなかったけれど、万年筆で同じようなことをやっているんですよね。

引き出しを開けて「今週はペンケースにどのペンを入れようか。どのインクを入れようか」と悩んで決めて、今度は実際に書く局面で「うーん、このシーンではどのペンを手にしようかな」と悩んで決める。

「"くまモン" の水野 学さんが語る、こだわりの仕事着」という稿で、水野さんが生活をパターン化することにより、考える時間を省略している、という話をお伝えしました。

ペンに関しては、「書く」という目的の達成だけを考えるならば、百円のポールペンで充分なわけです。時間もカネもかからない。このアクションを水野さんのように、パターン化することも可能です(*ちなみに水野さんは、「書く」という行為にこだわる方なので、このアクションをパターン化していません)。

しかし、電子媒体で文字を書くのが中心の現代社会において、「書く」という目的のために、あえて「選ぶ楽しみ」を持つことが、私にとっては最高の贅沢なんですよね。矢沢さんにとっては、国産車一台で済むはずの「移動」というアクションにおいて、あえて高級外車を何台も持って「選ぶ楽しみ」を持つことが、最高の贅沢なのでしょう。

矢沢さんの場合は高級外車、私の場合は万年筆。スケールは異なりましたけれど、「成りあがり」は、「選ぶ楽しみ」の豊かさを、学生時代の私に刷り込んでくれたのだと思います。

光となる仕事の世界で効率を上げるためにも、その陰となる部分では、非効率な「”選択”という贅沢」を楽しむことが大切なのだと思います。

クオバディス プラニング17  手帳 レビュー

プラニング17 クオヴァディス2

「クオヴァディスのプラニング17が今年の手帳に」でお伝えしたように、今年はこの手帳を使っています。

これまでは黒か濃紺の地味な手帳ばかり使ってたので、このように派手な手帳を使うのは生まれて初めてです。ターコイズカラーがキレイなこの手帳、使っていて楽しいです。よほどお堅い業界の方は別にして、通常のビジネスマン、ビジネスウーマンはもっとカラフルな手帳を使うようにしたらどうでしょう。職場の雰囲気も明るくなりますよ。

この手帳を使うようになり、気づいたことが一点あります。それは日記のように、その日に行なったことを書きたくなる衝動にかられる、ということです。

プラニング17の中身は次のように、一日の時間割はタテになっています。
プラニング17 クオヴァディス3

これまで使ってきた手帳はどれも一般的なヨコ型だったので、最初は「使いこなせるかな」とちょっぴり不安もありました。

しかし、心配は無用でした。このタテ型になって、毎朝、体重と体脂肪を手帳に記すとき、手帳を広げて、「あれ、昨日、ブランクになっているこの時間帯、何していたんだっけ?」と書き記すようになりました。

これ自発的な行動は、ヨコ型手帳使用時には無かったことです。おそらく、「上から下へ」という視覚の動きが、「左から右へ」という視覚の動きよりも、人間の脳には時間の流れをイメージさせやすいからなのでしょう。

これをやるようになって、「ムダに流す時間」を減らす方向に意識が高まってきているように感じています。

さて、手帳にカキカキするようになって困ったことが一つ起きました。

それは、私の愛する”ロットリング600の0.5mm芯シャープペン”が使いにくいということです。

プラニング17の狭いスペースにカキカキするには、0.5mmのシャープペンだと辛いのです。 「こりゃ、0.3mmに変えないと」と思いました。

0.3mm芯に変えるとなると、ロットリング600は値段もさることながら、重量も18gと重いため、私の筆圧だと芯が折れてしまいます。

そこで代替のシャープペンを求めて、東急ハンズへ。いろいろ試したところ、0.3mmで書きやすく、このクオヴァディスの芯ホルダーにうまく入るのは、パイロットのS3(エススリー)という結論に到りました。
パイロット S3 シャープペン

手帳に合わせて、透明ピンク(上述の写真)と透明ライトブルー(下の写真)を購入。その日の気分に合わせて使い分けています。
プラニング17 クオヴァディス1

おかげさまで、S3は絶好調です。

朝一番でロットリング600を持った時の「ヒヤッ」としたタッチを (現物を持ったことはありませんが、ピストルの感触に近いかもしれません) 味わえなくなったのは寂しいところであります。

時間の体感速度は40歳を過ぎると変わらない

年を取ると時間が早く感じられる謎3

年を重ねると、「なんだか時間の流れが速いなあ」と感じるようになりますね。新入社員の頃、課長に「自分が入社した頃のことなんか、つい昨日のことのようだよ」と言われて、「まさか!」と思ったものですが、自分がそうなっています。

この理由については、いくつかの説があります。

1)人は人生の残り時間からカウントするという説:
人生80年と考えた場合、10歳の頃は「あと70年もある」と思うわけですが、50歳になると「あと30年しかない」と考えます。この人生のゴングが鳴るまでの時間を意識することが、短く感じる理由というわけです。

2)時代とともに情報量が増加しているからという説:
人は忙しい時に時間を短く感じ、ヒマだと長く感じます。文明の進化とともに、都市生活者は情報量が増え、それに伴い一日の間にやることが増えました。それが、どんどん時間を短く感じるようなる理由というわけです。その説でいくと、アフリカやアマゾンの奥地に住んで、文明からかけ離れた生活をしている人々の時間の流れは、年齢に関係なく一定ということになります。

3)「社会人一年生」という日本人独特の考え方が理由という説:
日本の場合、新卒採用が多いので、「入社X年目」という考え方をします。「まだ入社後5年目なのに、彼はすごい仕事をしている」 なんて言ったりしますね。この考え方でいくと、1年目と10年目では「ビジネスの経験値は10倍」となります。年齢でいくと、22歳と32歳ですから「人生の経験値は1.5倍」にすぎないわけですけれど、ビジネスマンはビジネス経験値で換算しがちです。そうすると、「オレも入社10年目か…(けどあまり成長していないな・・・)」なんて、年を取った気持ちになってしまいがちになる、というわけです。

4)人は自分の人生経験の中でしか、時間のスピードを認識できないという説:
これはどういうことかというと、50歳の人にとって1年の長さは人生の50分の1ですが、10歳の人にとっては10分の1だから、50歳の人は10歳の人よりも、1年あたりの時間の流れを5倍速く感じる、というわけです。

私は4)の説が、一番大きく影響しているのではないか、と考えています。

では、これから先の人生、「ますます時の流れはますます速く感じられるようになるのか?」というと、「時間の体感速度はあまり変わらないだろう」と考えています。

その理由については、次のグラフを御覧ください。
年を取ると時間が早く感じられる謎1

(1年 ÷ 自分の年齢)、これをパーセントで記したグラフです。
例えば、1歳の赤ちゃんにとって、1年は、これまで生きてきた人生の100%に相当しますが、50歳の人にとっては、1年 ÷ 50歳、ですから2%に相当する、というわけです。

しかし、1歳~10歳の期間、人は「時間の流れ」など、あまり意識しないものでしょう。

「1年が経つのって早いな」 と、時間の体感速度を意識しはじめるのは10歳くらいだとして、そこから先、時間の体感速度に敏感になっていきますから、グラフは10歳を起点にするのが実態に即しているといえます。それが次の表です。
年を取ると時間が早く感じられる謎2

これを見ていただくとわかりますが、社会人になる10歳から40歳くらいまでのカーブは急ですよね。時間の体感速度は年々増してゆきますが、増し方はだんだん緩和されてゆきます。40歳以降はさらに緩やかになりますね。

ということは、社会人になって以来、20代や30代の頃に感じた「年とともに、時間の体感速度が増していくなあ」という感覚は、40代以降は薄まるはずなのです。もし20代の頃よりも40代になって、この感覚が大幅に増しているすれば、それは自分の思い込みか、あるいは公私にわって雑務が増えているから(=忙しくなっているから)ということでしょう。

この考え方が自分の中で整理できるまで、私は「年々、時間の体感速度は増していくばかりだ。どうしよう」と、焦っていました。しかし、今は「これから先は時間の体感速度はあまり変わらないから、焦ることはない。日々、やるべきことをやって、人生を楽しもう」 と考えを切り替えることができるようになりました。

千住 博 「芸術とは何か」 を読んで考えたこと

Hiroshi Senju Water Shrine

千住 博 羽田国際線ターミナル

今年、一番最初に読んだ本は「考える技術・書く技術」でしたが、それに続いて読んだのは、千住 博さんの「芸術とは何か」でした。

千住 博さんをご存知でしょうか。作曲家の千住明さん、ヴァイオリニストの千住真理子さんとともに、千住三兄弟として知られています。芸術界でプロとして生活するだけでも大変なことなのに、兄弟そろってこの世界で成功するなんて、すごいことです。

その千住さんの作品を、先日、羽田空港の国際線ターミナルで見ました。それが上述の写真です。入国のイミグレーションの前にあるせいか、皆さん、旅に疲れ、この素晴らしい作品を前にしながら素通りして行ってしまうのが残念です。

私は見入ってしまい、なんとか良い写真が撮れないかと思いましたが、どうしてもガラスに反射してしまいますね。「ウォーターシュライン」というこの作品、縦2.5m、横18m弱の大作です。

滝が上から下に流れるイメージとも見えますし、透き通った水の美しさを表現しているようにも思えます。水色と白だけ(だと思います)で表現されたこの世界は、ある意味で現代の水墨画と言えるのかもしれません。私の好きな、「凜」とした世界を感じます。訪れる外国人の皆さんに、日本のイメージを伝えるのに相応しい作品だと思います。

さて、千住さんの「芸術とは何か」は、掛け値なしに面白かったです。質疑応答形式で、とても読みやすく書かれているので、芸術に興味の無い方にもオススメできます。

感銘を受けたところがいっぱいあったので、この本については、今後も折にふれ、本ブログでご紹介させていただきたいと思いますが、今回は、「あれっ?」と思った箇所についてお伝えします。

千住 博  芸術とは何か
===================
千住 博 : 芸術とは何か

質問:日本人の「美」に対する感覚と、西洋人のそれとは違いますか?

回答(千住):日本人とか、アメリカ人とか、中国人とか、韓国人とか・・・・すべての境界を越えて伝わっていくものが本当の芸術です。(中略)
日本人の美に対する感覚は、それが良いものならば必ず西洋人に伝わります。ただし、本当に良いものだけが、この”ふるい”を通過できます。「日本人にしかわからないすばらしい日本美」などというものはありません。良いものはすべての境界を越えて伝わっていきます。

ペン : ペンテル - トラディオ・プラマン
====================

私には、「美」に対する感性が、日本人と西洋人では違うという認識がありました。

それを象徴的に表すのが、金閣寺を観て喜ぶ外国人観光客の姿です。実際、私も外国人を連れて、京都を案内したことが何度かありますけれど、金閣寺は皆さん大喜びなのがあからさまにわかるのに対して、銀閣寺は反応が鈍いと感じました。

焼失後に再建された金閣寺に、「わび・さび」は感じられません。高校の修学旅行で初めて京都を訪れ、金閣寺を観たとき、冷めた気持ちだったことを私は覚えています。一方で銀閣寺は「美しいなあ」と感動しました。それが「わび・さび」だということを、高校生の頃は知りませんでしたが、おそらくこれは、どの日本人もが持っている、DNAのようなものでしょう。

こうした経験が私の中にあったため、金閣寺を観て喜ぶ外国人の姿から「日本の美というものは、外国人には通じないものだ」という認識があったのです。

それゆえに、「”日本人にしかわからないすばらしい日本美”などというものはありません」、という千住さんのコメントは、自分の想定外でした。

ところが、金閣寺に対する外国人の反応というものをネットで調べていたら、大変興味深いコメントを発見したのです。

「女性自身」のサイトで、ガーデン・デザイナーの烏賀陽 百合(ウガヤ ユリ)さんは次のように述べておられます。

====================
海外の人に京都の庭を案内していると、その国の「好み」の庭がなんとなくわかってくる。(中略)
例えばアメリカ人。彼らを案内して必ず喜ばれる場所は、ズバリ「金閣寺」。(中略)アメリカ人がなぜ金閣寺が好きか?理由は「わかりやすく、派手」だからだ。(中略)
それとは全く対照的なのがフランス人。フランス人は金閣を見てもあまり興味を示さない。キンキラの建物を見ても「フーン」という感じ。(中略)
しかしそんな彼らが大好きな庭がある。それは「龍安寺」。白砂が敷かれた庭に合計15個の景石が並ぶ、枯山水の庭。フランス人は龍安寺の石庭を見たとたん急に静かになり、小声で「トレビアン…」と感嘆する。
なぜフランス人は龍安寺が好きか?それは「わかりにくい美」だからだ。龍安寺の石庭を見るには色々解説がいる。(中略)
龍安寺の石庭は、彼らの大好きな「難解で哲学的な美」に通じるのだ。フランス人は精神性や哲学的なバックグラウンドがあることで「美」をより尊いものとして捉えるようだ。わかりやすいのではあかんのである。その美を理解しようとして考える過程に、一番「興奮」するのだ。
====================

この説明、とてもよく理解できます。イギリス人やドイツ人については書かれていませんが、おそらくフランス人同様、金閣寺よりも、龍安寺石庭や銀閣寺に惹かれるのではないかと思います。同じ西洋人でも、ヨーロッパの方には、「わび・さび」が伝わるのですね。

しかし、「わび・さび」を感動するに至る脳味噌の使い方が日本人とは異なるところが面白い。烏賀陽さんのおっしゃるとおり、「その美を理解しようとして考える過程に、一番”興奮”する」のですね。さすが、多くの哲学者を輩出してきたヨーロッパ人ならではだと思いました。

以前、「美の感性を磨く方法」でお伝えしましたが、真・善・美のうち、美の価値観が最も個人間の差や民族間の差が出る部分だと私は考えています。

だから、龍安寺石庭や銀閣寺を観て感動するヨーロッパ人や日本人もいれば、何も感じないアメリカ人や中国人もいるわけです。

しかし、千住さんのおっしゃるとおり、”日本人にしかわからないすばらしい日本美”などというものは無いのです。真の日本美であるならば、全てではないにせよ、どこか他の国、他の民族の方で、共感してくれる方々はおられるはずです。

ビジネスの世界でも同じだと思うのです。「この考え方は、絶対に正しいのだけれど、日本人にしかわからない」などということを主張する人がいたら、それはウソだということです。

ビジネスの現場において、複雑、かつ微妙な状況におかれたとき、世界中の誰もが納得する考え方や判断というものは無いでしょう。しかし、「日本人にしかわからない」というものは無いのです。真・善・美という、人類が目指すべき方向性に沿った内容であるならば、全てではないけれども、必ず日本人以外でも理解を示してくれる外国人はいるはずです。

そのように考えると、自分の仕事のスタイルが独善に陥らないために、早い段階から何らかの形で外国人の方と仕事をする経験を持つということは、今後、ますます大切なことになってくると言えるでしょう。

それは 「美しい仕事」 の創造につながるはずです。

三島由紀夫とダリと日本語

三島由紀夫 金閣寺と美
三島由紀夫 : 金閣寺 (第一章)

ペン  : モンブラン・ 146 (EFニブ)
インク : ペリカン ・ ロイヤルブルー

私が人生で最初にぶつかった難問は、美ということだったと言っても過言ではない。父は田舎の素朴な僧侶で、語彙も乏しく、ただ「金閣寺ほど美しいものは此世にない」と私に教えた。私には自分の未知のところに、すでに美というものが存在しているという考えに、不満と焦燥を覚えずにはいられなかった。美がたしかにそこに存在しているならば、私という存在は、美から疎外されたものなのだ。

====================

ここ数年、芸術に対して興味が出てきて色々なことを知るようになるにつれ、文学の分野において、三島由紀夫は通らねばならない道だということを感じるようになりました。

私はもともと純文学を敬遠していたうえに、「三島由紀夫」というとさらに難しそうなイメージがあり、縁遠い存在でした。しかし、新年を迎え一念発起して、代表作のひとつ、「金閣寺」に挑むことにしました。

予想どおり疲れる読書でした。。。

読んでみて、まず思ったのは、三島の世界を絵に例えるならサルバドール・ダリだな、ということです。

強烈な、自己に対する愛から生まれる美の世界を、絵画で表現したのがダリに対して、文学で表現したのが三島だったと思うのです。そう思って、読後、ネットで調べてみたところ、三島はダリのファンだったようです。

冒頭に揚げた箇所などは、三島の「美」というものに対する思いが素直に綴られているのではないでしょうか。もし、ダリが日本語を理解したならば、この箇所に共感したのではないかと想像します。

私はダリの作品が好きで、自室にポスターを飾ったりしますけれど、三島の作品はファンになれそうもありません。自分の知性のレベルが追いつかないかんじです。

そして次に思ったのは、いかに自分が日本語を知らないか、ということです。とにかく知らない漢字、単語がこれでもか、というくらい出てきました。日本人だからといって、「私は日本語がわかる」なんて言ったら大間違いだなあと思いました。

しかし、結局、どの言語も同じことなのでしょうね。英文学でも難しい単語を操る作家はいるはずです。多くの読者は、程度の差はあれ、そうした単語の意味はよくわからないでしょう。それでもフィーリングで読み進めることはできるわけです。

そう考えると、自分も、英語の文章を読む時や、英語で会話するとき、「知らない単語が出たらどうしよう」なんてビビっても仕方がない、と諦めがつきます。どこまで勉強しても知らない単語は必ず出てきますから。

要は、言語を勉強する際、大切なのは、自分はどのレベルを目指すのか、その目標をしっかり定めることだと思うのです。外国人が日本語を勉強する際、三島文学を理解する水準に目標を定めるなら、そのハードルはかなり高いと言えます。しかし、日常会話のレベルを目標とするなら、そのハードルは低い。

金閣寺を読んで、あらためて言語というものを考えさせられました。

さて、三島由紀夫はどんな万年筆で書いていたのでしょう? 

調べてみると、モンブラン149やパーカー51、パイロットのキャップレスなどを使っていたようです。私のモンブラン149は極太で原稿用紙のマス目に入らないため、モンブラン146の極細で三島の言葉を書いてみました。

トランプゲーム「大富豪」を子供の教育に生かす

麻雀とKJ法

板坂 元 : 考える技術・書く技術

ペン  : パイロット ・ カスタム743 (Mニブ)
インク : パイロット ・ 紫式部

川喜田二郎のKJ法、あれをはじめて知ったとき、わたくしは「これはマージャンだ」と思った。まず、雑然として集められた情報は配牌に見立てられる。手に入った情報を、いくつかのグループに分けるところは、マージャンでも、まず実行する。そして、グループ相互の間の関連を考える過程は、マージャンの役づくり(以下略)

====================
2015年、最初に読んだ本は板坂 元さんの「考える技術・書く技術」でした。この本は10年以上前、途中まで読んで、面白くなくて置いたままにしていたのですが、今回あらためて読んで、「さすが名著と言われるだけのことはある」と思いました。年齢とともに読み方も変わってくるものですね。

冒頭に揚げたKJ法は、川喜田二郎氏が、情報を整理し、それを発想につなげるための技であり、1960年代に開発されました。

板坂さんは、マージャンとKJ法の関連性を見出しておられます。たしかに言われてみると、囲碁や将棋と異なり、運が作用するマージャンというゲームは、我々の仕事の現場と似ている環境と言えそうです。

最近は少なくなりましたが、昔は上司や先輩から、「おい今晩、マージャンやらないか」と誘われたものです。「オレ、仕事は溜まっているし、マージャンはそもそも好きじゃないからなあ」とネガティブな姿勢でおつきあいするのと、「よし、気持ちを切り替えて、自分の発想力を磨くためのトレーニング、と思って今日はマージャンやるか」というポジティブな姿勢で取り組むのとでは、同じ消費時間でも得るものが変わってきます。

マージャンにかぎらず、自分の苦手とすることで誘われたり頼まれたりしたら、「よし、これは○○のトレーニングだと思ってやろう」 と気持ちを切り替えるのが、上手な生き方といえそうです。

そんな時、難しいのは、「これは○○のトレーニングだ」 と関連付ける発想の部分ですね。

正月、家族でトランプゲームの大富豪をやっていたとき(*わが娘もこんなゲームをできる年齢に育ったかと思うと感慨ひとしお)、「考える技術・書く技術」 がヒントになって、娘につきあわされてゲームをすることに意義を見い出すことができました。

トランプゲームでマージャンに似ているものとしてはラミー(私が好きな筆記具メーカーの"Lamy"でなくて、"Rummy"です)があります。大富豪はラミーとは違いますけれど、、複雑な選択肢の中で、どうカードを組み合わせて使っていけばよいかを考えるという点で、マージャンと似ている要素があります。

そう考えれば、「大富豪は娘の頭脳を鍛えるためのトレーニング」 ということになります。大富豪に限らず、高度なゲームは全て脳をフル回転させねばならないわけですから、子供の教育に最適なツールと言えるでしょう。

発想の転換により、大富豪で過ごした時間を実り多きものに感じることができました。もっとももっと娘とゲームをしてあげないといけませんね。

娘からは 「パパはブログばっかり書いていて、全然、私とゲームしてくれないんだから!」 と言われて困っていますが。

グランド・ジャット島の日曜日の午後

グランド・ジャット島の日曜日の午後
人生の大半、美術というものに全く興味が無かった私でありますが、そんな私が10代の頃、魅了された絵があります。

スーラの描いた「グランド・ジャット島の日曜日の午後」です(冒頭の作品です)。

たぶん読売新聞だったと思うのです。日曜版の中央のページに見開きでドーンとこの作品がカラーで掲載されていました。普段はそんなページを読み飛ばすのですけれど、たまたまこのページを目にした時、このパステルカラーを中心とした絵の美しさに心を奪われました。そして、「いつかこの絵を見てみたい」と思ったのです。

それから30数年後、ついにその機会が訪れました。この絵はシカゴ美術館に所蔵されています。シカゴに出張で行った際、空いた時間を利用して、この絵を見に行きました。

実際に見て、びっくりしました。想像よりもはるかに大きい絵だったからです。縦2メートル、横3メートルの大作です。

この絵は、点描という画法で描かれています。絵の具を線ではなく、全て点で描いているわけですね。2m X 3mの大きなキャンバスに、まるで星のような無数の小さな点が重なりあって、完全に調和した、ひとつの世界を生み出しています。

長い間、「いつかは見たい」と思っていた絵と対面しても、あまり印象に残らないケースもあります。ピカソの「ゲルニカ」は私にとってそんな作品でした(*私に、絵を観るセンスが無いせいだと思います)。

しかし、「グランド・ジャット島の日曜日の午後」は違いました。とてつもないオーラを感じたのです。この作品はシカゴ美術館の目玉ということもあるでしょうけれど、作品の前に多くの方が釘付けになっていました。それは、「なんだかよくわからないけれど、有名な作品だからとりあえず見ておこう」というようなスタンスではなく、皆さん、心の底から「すごい!」と感じる様子がうかがえました。私も長い間、呆然として眺めていました。

いったい、この絵を完成するまでに、スーラはどれほどの時間をかけたのでしょうか。この絵にエネルギーを吸い取られたせいでしょう、スーラは31歳の若さで亡くなっています。逆に言うなら、彼が命を吸い取られるほど精魂込めたからこそ、人類の歴史に残る名作になったということだと思うのです。

さて、前項にお伝えしたDeNAの創立者、南場智子さんのコメント 「”DeNA Quality”の”球の表面積”とは、個人個人が表面積の大小はあれど、必ずその面積の部分においては会社の代表としての責任担う、ということです」を聞いた時、私は「グランド・ジャット島の日曜日の午後」が頭に浮かびました。

ビジネスの現場における、一人ひとりの仕事は「点」とも言えるでしょう。点は、それひとつ、単独では何の意味も成さないけれど、数多くの点が調和のとれた形で連なった時、それはひとつの偉大な作品になります。
すなわち、私は、ビジネスにおける「良い仕事」はいずれも皆が共同で造り上げる、ひとつの”作品”だと思うのです。スーラの絵は、私にそのことを教えてくれたように思います。

それにしても、面白いなあ、と思うのは、同じ絵を観ても人それぞれ意味の見出し方が違うことです。

次の文は、エッソ石油で副社長を勤められた後、禅僧になられた、松野宗純さんが「人生は雨の日の托鉢」という本で述べられた言葉です。
松野宗純 スーラの絵

====================
松野宗純 : 人生は雨の日の托鉢

人間の関係もまた、スーラの絵画に似ているのではないかと。人と人との交わりの中に自分が存在し、自分はまた他人との関係性によって生かされ結実していく。色彩の一点がたいした意味を持たないように、人もまた一人ではひ弱で、生み出すことも限られています。人の存在は、他との関わりによって初めて大きな意味を持ってくるのではないでしょうか。

ペン  : プラチナ ・ 3776 西 (Mニブ)
インク : プラチナ ・ ブラウン
====================

松野さんはスーラの絵を御覧になって、「人は他の人々との関わることによって、初めて輝く存在になる」 と説かれました。すなわち、「人の間」と書いて「人間」となりますが、「ヒト」が「人間」になる様をスーラの絵は教えてくれる、というわけです。

なるほど、そういう見方もあるんですね。

またいつか、シカゴ美術館に行って、この絵と対話したいです。その時、「グランド・ジャット島の日曜日の午後」 は何を私に語りかけてくれるのでしょうか。
カレンダー
12 | 2015/01 | 02
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

検索フォーム
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
学問・文化・芸術
189位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
哲学・思想
21位
アクセスランキングを見る>>