機内免税品カタログに見るお国柄

世界各国、いろいろなエアラインに乗ってきました。

そう言うと、なんだか偉そうに聞こえますが、私は飛行機はできれば乗らずに済ませたいと思っています。いまだに気流で揺れると、いつも「もしかして、、、」と思って冷や汗が出ます。また、高速度での移動は人間の生理に反しているせいでしょうか、私は飛行機で移動した後、いつもドッと疲れます。

というわけで、あまりポジティブな気持ちになれない機内での時間、機内販売品のカタログを見て時間をつぶすことがよくあります。
JAL 免税品カタログ

ANA 免税品カタログ

そんな流れで機内免税品カタログを見ているうちに、国によりずいぶん商品のそろえ方に差があることに気づきました。

ANAやJALは、当然ながら日本人の好みを反映した品揃えをしています。両社の機内誌をみると、「よく似ているものを選ぶなあ」と思います。いずれも売上げをUPするのに必死。なおかつ、機内に持ち込める商品数は限られている。そうした条件の中で選ぶ品は、どうしても似通ってくるということでしょう。

特に日系ラインに特徴的なのは、女性の美肌に関する商品、中でもクリーム系が多いことです。これは他国にはあまり見られない傾向です。

ヨーロッパ系は、香水のページが多いです。体臭を隠すためなのか、あるいは香りに対する感度が高いのか.....

スイス航空はお国柄を反映してか、腕時計のページがやたらと多いです。チューリッヒの空港も腕時計屋さんが多いので腕時計ファンにはたまらない空港ですね。

アメリカ系の航空会社は、女性のアクセサリー類が多いなあ、と思います。それも比較的お手ごろ価格のもの。日本人の立場からみると「こんなの買う人いるのかな」と思うようなものまで置いています。

アメリカ系はキャビンアテンダントもやる気ないので、めんどうくさそうに「Duty free, duty free」とつぶやいて、カートを早めのスピードで押してゆきますね。一度、ユナイテッド航空で、「これ買おう」とカタログみて決めていたものがあったのですが、食事で酒飲んで寝てしまったんです。目覚めて「すみません、機内免税品を買いたいんですけど」と言ったら、到着時間の数時間前なのに「もう免税品販売は終了したので受け付けられません」とハネのけられました。さすがアメリカ。殿様商売です。

さて、私は一度、中国人のお客さんにこんな質問を受けたことがあります。

「日本人の友人夫妻にプレゼントを贈りたいのだが、何を持っていたら日本の方は喜ぶでしょうか?」

ちなみに、こちら中国人のお客さんは、日本に留学して大学を卒業され、日本語も堪能な方です。

うーん、と頭を悩ました挙句、私は次のように答えました。「全日空や日本航空の機内免税品カタログに出てくるような品を渡すと、だいたい間違いないのではないかと思います」

これは我ながら、名答だったと自負しています。

資本主義を因数分解で表現したホリエモンのアート力

ホリエモン 儲けた入門
堀江貴文 儲け方入門 

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なにが勝ち負けを分けるのか。それは情報力の差です。利益というのを突き詰めれば、結局情報のアビトラージとファイナンスの組み合わせにすぎない、それが経済なんですよ。

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ホリエモンこと堀江貴文さんの「儲けた入門」は2005年3月に出版された本です。近鉄バッファローズ買収やニッポン放送買収といった案件で話題をふりまき、時代の寵児だった頃です。

上述の言葉を目にしたときの驚きは忘れられません。

資本主義を一言で言うなら「利潤を追い求める社会の仕組み」です。では「利潤」とは何か。

この哲学的な問いを、堀江さんは因数分解して、「情報のアビトラージとファイナンスの組み合わせにすぎない」と一言で言い放ったのです。

なかなか理解できない複雑怪奇な資本主義の仕組みを、こんなシンプルに言い表すことができるなんて! ショックでした。

資本主義については、同じように勝間和代さんが「効率が10倍アップする 新・知的生産術」という本で、次のように述べています。

「資本主義の本質は、『賢くない人から賢い人へお金が移動する仕組み』ということです」

パッと見たところ、勝間さんの言葉もわかりやすいです。しかし一歩踏み込んで考えてみましょう。

勝間さんの言う「賢い人」と堀江さんの言う「情報のアビトラージができる人」は、本質的に同じことを述べています。

そうすると、掘江さんの言葉と勝間さんの言葉の大きな違いは、”ファイナンス”という観点が組み込まれているかどうかになります。企業はもちろん、個人レベルでも、銀行から借金して行なうアパート経営のような手法がありますから、”ファイナス”という観点が組み込まれていないと”資本主義の本質”としては片手落ちであることがわかります。

堀江さんの言葉こそ完璧であり、この完璧さゆえに、私は言葉に「美」を感じてしまいました。

文字情報で表現されるアート作品は、詩や文学作品によるものが圧倒的に多いです。

しかし、文字情報を受け取る本人が、その言葉に美を見出すのであれば、詩や文学作品でなくても、言葉はその人にとってのアート作品となりえます。よって、私にとり、堀江さんの言葉はアート作品なのです。

そう考えると、仕事におけるレポートやメールの文章の中にも、あなたにとってのアート作品が眠っているのかもしれません。例えば。「課長がお客さんに打ったメールのこの一文、完璧だ。すごいなあ!」 なんて感動することができたら、職場が美術館になります。

日々、忙しく仕事でそんなことを感じる余裕は無いのが普通ですけれど、アンテナを張っていれば違った世界が見えてくるかもしれません。

三浦知良選手の強みは幽体離脱の能力にあり

三浦知良  サッカー人として  日経新聞
三浦知良  日本経済新聞 「サッカー人として」

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自分が監督に向いているとは思わない。
例えばスタンドから試合を見ても、どの選手の運動量が落ちているだとか、チームのどこをいじれば良くなるかというのがイマイチわからない。

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自分と同年代の、カズこと三浦知良選手。彼が若い頃から、ずっとファンでしたが、最近はファンのレベルを超えて、尊敬しています。

同じようなベテランのスーパースターとして野球のイチローがいて、彼のストイックさもカッコいい。だけれども、カズの遊び心を含んだカッコ良さが私の性には合っています。

カズが若い頃、プロのサッカー選手として飛び抜けた才能はありませんでした。体格、スピード、ボールの扱い、シュート力、いずれも日本一というレベルではなかったです。それでもJリーグや日本代表で、すばらしい成績を残しています。

何が彼の強みだったのか。

それは幽体離脱能力、すなわち、自分を客観的に見れる能力だったと私は考えています。

雑誌NumberのWebにおける記事で「44歳のキングに44の質問」というものがありました。そこに次の記載がありました。

44歳のキングに44の質問

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Q.40 カズさんがこれだけは他のJリーガーに負けないと思ってることは何ですか?(40代・男性)

変態さですね。「変態」というとロウソクをたらすみたいに誤解するかもしれないけど、そういう変態ではありません。たとえば点を決めて、我を忘れて喜んでいるはずなのに、ポーズを決めたときに指の先までかっこよく決まってるとかね。無我夢中でやってるはずなのに、実は自分がカメラにどう映るか、最後まで意識してやっている。それが僕の言う変態さです。そういうところは、他の選手と明らかに違うんだろうね。

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カズらしく、お茶目な回答をしていますが、自己を幽体離脱させて客観視できることが自分の強みだと、きちんと認識していることがわかります。

冒頭の日経新聞の記事も同様です。名選手であればあるほど 「自分は名監督になれる」 と思いこむのが普通です。それをカズは 「自分が監督に向いているとは思わない」 と明言しているのです。この発言は、自分を客観視する能力においてカズが突出したものを持っていることを示すものといえましょう。

カズのこの能力は、身体能力や技術のハンディをのり越える成果をもたらしました。要はこれこそがカズの最大の武器だった、ということです。サッカーにかぎらずあらゆる職業において、自己を客観視する能力は最も強力な武器になると私は考えています。

さて、プロスポーツの世界では、カズのような名選手でも 「自分は監督に向かない」 と自己を客観的に判断して、解説者やその他の道を歩む選択肢がありますね。逆に言うならば、組織に守られず、個人として生計を立てていかねばならない職業の方々は、自らの能力を客観的に判断し、進む道を正しく選んでいかないと、直ちに淘汰されてしまいます。

これに対して企業におけるビジネスマンの場合はどうなのでしょうか? 

本当は選手としての適性、キャプテンとしての適性、監督としての適性、それぞれ違うはずです。しかし、日本の企業においては、「名選手はキャプテン、もしくは監督の適性がある」 とみなされて役職の階段が用意され、「会社組織において出世することが成功の条件」 と定義付けられています。このシステムが確立され、皆が洗脳されているがゆえに、ビジネスマンは冷静に自己を客観視する嗅覚を磨くのが難しい環境にあるといえそうです。

しかし、このシステムが崩壊する日は近いのではないでしょうか。

企業間の競争激化、個々の人生観の多様化、マネジメントの進化、こうした時代の流れを受けて、 人材の 「適材適所」 を徹底できる企業のみが勝ち残ってゆくはずです。そういう時代では、組織員といえども個人で生計をたてておられる職業の方々と同様に、自分の能力を客観的に見極め、適切な道を選んでいかないと、生き残っていけないはずです。

ご存知のとおり、プロスポーツの世界では、「監督より給与が高い選手」 がチームにいる例は多いです。企業における給与体系も、プロスポーツ同様、「部長より給料が高いヒラ社員」 がどんどん登場する時代になってゆくでしょう。

ビジネスマンに対しても、カズ選手同様、幽体離脱して自己を客観視する能力が求められる時代は、もうすぐそこまで来ています。

娘には一貫教育ではなく、大学受験を経験させたい

一貫教育ではなく大学受験
枝川公一 : 巨人ドラッカーの真髄 

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学校を卒業して社会に出てから、ずいぶん長い時間が経っているのに、まだ学校に行っているかのような夢を見る。それが決まって試験の夢だ、という人は多い。(中略)
なぜいつまでもいつまでも、意識下に学校が進入してくるのか。なぜ試験のことばかり夢を見るのか。しかも、絶対絶命のピンチばかりなのはどうしてなのか。これらの疑問への答えははっきりしている。生まれてこのかた、学校経験ほど、悲惨で苦しかったことがないからである。(中略)
たいていの子供たちには、学校がいちばん不幸せな時間であり、場所である。

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私は今で言う「お受験」をして、小学校から高校まで一貫教育で学びました。そして大学受験をしたところ、うまくいかず、結局、二年浪人しました。

小学校から高校まで、まともに勉強したことが無かったものですから、そのツケが大学受験で来るのは当然のこと。そんな経験を踏まえて、大学受験について私の考えをお伝えしたいと思います。

一貫教育と言っても、ご存知のとおり色々ありますが、小・中学校から大学までエスカレーター式のところがあります。こうした教育に、もちろん良い点もたくさんあるでしょう。自分自身も高校まで一貫だったので、その良さも理解しているつもりです。しかし、自分の娘には、、少なくとも高校受験、できれば大学受験を経験させたいと思っています。

自分の人生を振り返ると、一番辛かった経験は幼い弟の死でした。それを除くと、大学受験になります。

上述の言葉ではありませんが、私は今でも時々、受験生の頃の夢を見ます。(それに次いで、大学卒業のときに単位が足りず、焦る夢も)

「うかうかしていたら、もう1月になってしまった。しかしまだ、全然、日本史の勉強ができていない。どうしよう.....」恐怖と絶望感で呆然とする。いつも決まってそんな夢です。

大学受験は残酷です。一年間、どんなに努力を続けても、試験のその日にインフルエンザにかかったらゲームオーバーです。また、誰にとっても希望校は常にギリギリのところですから、マークシートでどちらに印をしたかという、ほんのわずかの運で合否が分かれるかもしれない。

私は一年目の浪人時、希望校に落ちました。その学校は試験結果を教えてくれるので、後に確認したところ、4点差でした。マークシートの選択で「どっちにしようか」と迷った時に、正しい方に印をするのが2つあれば合格していました。

「そんなわずかなマークシートの差で運命が変わってしまうのか」とやるせない気持ちになったことを覚えています。実際には、どの学校の出身かということは、社会に出れば関係なくなるんですけれど、その頃は世の中の実態なんてわかりませんでしたから。

自分にとって今もトラウマとなっている大学受験。しかし、私は二年間の浪人時代の経験があったおかげで、人間として一歩成長できたと思っています。

この浪人時代を振り返ってみて、感謝しているのは次の三点です。

1)人にやさしくなれた
受験に失敗した挫折の経験を通じて、人の心の痛みが少しはわかる人間になれたと思います。

2)心が強くなった
一年間、どんなに努力しても、上述のとおり、最後はどうしても運しだいなのが受験というものです。しかし世間は結果でしか判断してくれません。不安で心が折れそうになります。それを克服するために、私の場合、寝る前に「自分は必ず合格する」と自己暗示をかけていました。このメンタルトレーニングを通じて心の危機を乗り越えた経験は、今も役立っています。大学受験は、一般人がプロスポーツ選手のようなプレッシャーを経験できる、数少ないチャンスといえるでしょう。

3)勉強が好きになった
予備校の先生は教え方が上手く、授業を通じて「勉強ってこんなに面白いものだったのか」と思いました。当時は、勉強は受験に合格するための「手段」にすぎませんでしたが、受験時代に詰め込んだ知識が基となって、様々な分野に興味を持てるようになり、後の人生が豊かになりました。


そんなわけで、娘には、大学受験を経験してほしいと思っています。結果として希望校には合格できないかもしれません。しかし、それでも良いのです。

私にとって、娘の教育の最大の目的は、偏差値の高い大学に入れる事ではありません。プレッシャーや不安から逃げずに、正面から目の前の「受験」という壁に立ち向かうことができる人間になってもらう事です。

大人になった時、娘がそんな私の教育に感謝してくれる日が来ることを信じて.....

ウィスキーとカイラーサ寺院に流れる悠久の時間

ウイスキー造りとカイラーサ寺院
村上春樹 : もし僕らのことばがウイスキーであったなら

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「ウイスキー造りを僕が好きなのは、それが本質的にロマンチックな仕事だからだ」 とジム(*ボウモア蒸留所のマネージャー)は言う。「僕が今こうして作っているウィスキーが世の中に出て行くとき、あるいはもう僕はこの世にはいないかもしれない。しかしそれは、僕が造ったものなんだ。そういうのって素敵なことだと思わないか?」

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あまり村上春樹さん本を読んではいないので、偉そうなことは言えませんが、彼の文章は芸術だと思います。

例えば上記の文章の、「あるいはもう僕はこの世にはいないかもしれない」の部分。おそらくジムさんは「I may die」と言ったのだと思います。凡人が約すなら「私は死ぬかもしれない」でしょう。しかし、村上春樹の手にかかると、かくも素敵な文章になってしまう。村上マジックですね。

また、上記の文章の、「僕がこうして作っている」という部分と「しかしそれは、僕が造ったものなのんだ」の部分。同じ「つくる」でも字を変えています。

「作る」と「造る」の違いは、あまり明確ではありませんが、「作る」よりも「造る」の方が、より手のかかるもの、大きなものである傾向があるようです。

この微妙な文字の感性の違いを生かして、村上さんは、「作られた」ものが、年月を経て「造られたもの」に変化することを表現しています。

こんなこと、注意して読まないと気づきませんが、村上さんの文章にはそういう仕掛けが随所に施されていて、読者はこうした繊細な村上さんの技を、本全体を通じて無意識に体感するのだと思います。それが大作家たるゆえんなのでしょう。ノーベル賞受賞候補者として毎年、名前があがりますけれど、翻訳文で村上さんの文章の芸術性を審査員が理解できるとは思えないのですが.....

ところで、「もし僕らのことばがウイスキーであったなら」のジムさんのコメントを読んで、私が思い出したのは、学生時代のインド旅行で観た、「カイラーサ寺院」でした。

カイラーサ寺院は、ユネスコの世界遺産に登録されています。あまりご存知ない方が多いと思いますので、写真を添付します。
カイラーサ寺院 1

カイラーサ寺院 2

アンコールワットのような、立派な寺院であることは、一目でおわかりいただけると思います。しかし、誰もが驚くのは、この寺院自体がひとつの「彫刻」である、ということです。

この寺院は、石を積み上げてできたのではなく、岩山を掘ってできた彫刻なのです。世界最大の彫刻と言えるかもしれません。

この寺院を掘り始めた時、設計者も作業者も、「自分の人生が終わる時までに、この寺院が完成することはない」ということを、明確に理解していたはずです。

この寺院がある場所は、昔はどうだったのかわかりませんが、今は枯れた大地の厳しい環境です。こんな場所で、着工から完成まで、途方もない年月をかけて造られた寺院を前にすると、この作品から発せられるオーラというかパワーというか、そのような存在を誰もが感じると思います。

着工から完成まで、すごい年月をかけている宗教建築物として我々がよく知るのは、ガウディのサグラダ・ファミリアだと思います。私はこちらも観ましたけれど、カイラーサ寺院で感じたほどの感動は、サグラダ・ファミリアに見出せませんでした。

さて、カイラーサ寺院の創作に、その一生を捧げた名も無き職人さん達のことを想像してみましょう。生活は楽ではなかったでしょうけれど、心は幸せだったであろうと私は思うのです。自分、そして自分の息子、その孫、ひ孫、何世代にも渡って、ひとつ偉大な作品を創り上げるその喜び。こんな経験をできる人って、歴史上、ほとんど存在しないでしょう。

自分の手がけた仕事の完成を見ずに世を去ることをすでに知っていること。あるいは何百年も使えるような頑丈なものを作り、何百年後かに、このモノを手にする人に想いを寄せること。

ウイスキー造りの仕事同様、そういう仕事って、ロマンチックだと思います。骨董の楽しみというのは、すでにこの世に存在しない職人さんと、モノを通じてコミュニケーションをとれる喜びなのかもしれません。

このカイラーサ寺院、学生時代は時間が無くて一日観光しかできなかったことが、今思うと悔やまれます。元気なうちに、もう一度、このカイラーサ寺院をじっくり見学に行きたいです。

赤毛のアン誕生秘話と、カーネギーの道は開ける

運を味方にする達人

中谷彰宏 : 運を味方にする達人

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< 道は徐々には開けない。突然、開けるのだ。> 

昔、デール・カーネギーというおじさんがいて、僕たちに「道は開ける」と教えてくれた。やがてそれは間違っているということに気がついた。
デールおじさんが嘘を言っていたのではなくて、大切なことを言い忘れていたのだ。
道は開けるには開けるが、少しづつ開けるのではなくて、「ある日突然」開けるということだ。
これはかなり違う。
少しずつ開けるはずだと思っていると、毎日がゼロの連続だと続けられない。
でも突然開くのなら、毎日がゼロの連続でも、笑ってられるのだ。
ある日突然、君のところに電話がかかってくる。
それが君の夢の実現する時だ。

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昨日、8歳の娘とともに、学習漫画「モンゴメリ - 赤毛のアンを書いた女流作家」を読みました。

伝記マンガ モンゴメリ

「赤毛のアン」は読んだことありませんでしたが、モンゴメリの伝記を読んで、自分も読みたくなりました。

作者のモンゴメリは、1874年、カナダ生まれ。お嬢様として育ちますが、一歳の時に母を亡くして以来、終生、苦労の耐えない人生でした。

1908年に赤毛のアンが出版されモンゴメリは大成功をおさめます。しかしその一方、夫は「世界的女流作家」を妻に持ったプレッシャーからでしょうか、重度のうつ病を患うようになります。

仕事と家庭のストレスに悩んだ挙句、モンゴメリ自身もうつ病になってしまい1942年に亡くなります。ウィキペディアによると死因は自殺だったようです。

この伝記で興味深かったのは、「赤毛のアン」が出版されるまでのエピソードです。

「赤毛のアン」は、モンゴメリにとって初めての本でした。原稿を書き上げた後、新人作家のモンゴメリは、伝記によると6つの出版社に原稿を送っています。しかし、全てボツ。

ショックを受けたモンゴメリは、その原稿をクロゼットのぼうし箱に、約1年の間、寝かしていたそうです。

クロゼットを整理していたモンゴメリは原稿を見つけ、読み返してみて、「もう一度だけ、どこかの出版社に送ってみよう」と決意します。

そしてめでたく採用され、「赤毛のアン」が書店に並び、世界的なベストセラーとなるのです。

この話を読んだとき、上述の中谷さんの言葉が脳裏をかすめました。

「道は、『突然』、開ける」

「赤毛のアン」という名著の原稿を書きおろした。しかし、その名著を読んだ7人のプロのうち、評価してくれたのは7番目の人だけだった。7番目の人もボツにしていたら、この名著は世に出なかったでしょう。

それくらい、仕事の世界は紙一重ということです。

我々ビジネスパーソンの日々の仕事も同じです。自分が一生懸命仕事しても、皆が紙一重の世界でがんばっている。だから、「評価してくれる人はいない」と、最初から思っておくべきでしょう。

がんばって仕事をしてきて、一年に一度、上司から渡される評価表をみたら評価は「並」..... ガッカリしますよね。けれども、中谷さんの言葉を知っていたらニッコリ笑って、また明日からがんばる力が湧いてくるのです。

カーネギーの書いた「道は開ける」は、世界の名著です。私もずいぶん昔に読みました。
カーネギーの道は開ける

普通は読み終わって、「いい本だなあ」で終わってしまいます。中谷彰宏さんはすごい、と心底感心してしまうのが、世界の名著の欠陥を見抜いてしまうところです。

新装版「道は開ける」の後書きに、中谷さんの上述のコメントを入れたら、世界中でどれだけ多くの人の心が救われることでしょう。

ちなみに、道が開けて、子供の頃からの「作家になる」という夢が実現したモンゴメリは、自殺でこの世を終えています。

- 道は開けたけれど、波乱の生涯を終える人
- 道は開かなかったけれど、安らかに生涯を終える人

どちらが良いかはその人の価値観です。私の今の価値観は「安らかに生涯を終えること」優先であり、「道は開いても、開かなくても、どちらでもよい」になっています。

スマホ断ちのススメ : 「圏外」を買う時代

スマホ断ち デジタルデドックス
ペン  = モンテグラッパ : ピッコラ (Fニブ)
インク = ロットリング : ブラウン

2014年11月16日、YAHOOニュースを見ていたら、産経新聞発ということで「電波の届かない場所に行きたい 『圏外旅行』静かにブーム」という記事が出ていました。

スマホ画面を四六時中チェックする習慣に疲れて、「圏外」の環境を求める人が増えているというのです。

圏外旅行がブーム

「おお、これだ! やっとオレの時代が来た!」と嬉しくなりました。

以前、「携帯電話が苦手なんです」 というエントリーでお伝えしたとおり、私は携帯電話の必要性を感じていません。

オッサン世代はデジタル社会に遅れをとるのが世の常ですが、さすがに私ほど遅れているビジネスパーソンは、日本はもちろん、海外でもお目にかかれません。

携帯メールも打てない、フェースブックも面倒くさくて興味無し。TwitterとかSMSとかLINEとか、若い人同士の会話を聞いていても、さっぱり理解できない。

正直に申し上げますと、そうした情報ツールの攻撃に対して泰然自若の構えでいたいものの、どこかに「いくらなんでも、これじゃ、やばいかも」という不安が私の中にありました。

しかし、レストランで向かいあわせの席に座るカップルが、話もせずにひたすらスマホの画面に見入って、料理が出てきたときだけ会話する、なんて環境は、どう考えても異常だという思いからは抜けきれませんでした。

そんな中で出会った上記の記事には、次のような内容が記載されていました。

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・あふれる情報と常時「つながる状態」から距離を置きたいと、旅に「圏外」の環境を求める人々は静かに増えつつあるようだ。

・調査分析を担当したJTB総合研究所の早野陽子さんは「SNSを多用する一部の人と、SNSに疲れ、距離を置きたいと考える人の二極分化が始まっている。特に働いている人はプライベートの旅行中も仕事から完全に切れることがなく、オンとオフの境界線がまいまいになりがち。『つながらない』場所をあえて訪れるという新しいツアーにニーズを感じる」と話す。

・海外では、チェックインの際にフロントにスマートフォンやノートパソコンを預け、アロマキャンドルやボードゲームなどネットに接続しないで遊べるキット「デジタル・サバイバル・キット」を提供するホテルも登場しているという。米田さんは「過度な情報社会に疲れた人々のために『圏外を買う』時代が来ているのかもしれない」と話している。
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これを読んで思ったのは、酒やタバコと同様、デジタル環境にも中毒性があり、過度の依存は危険だということです。

酒やタバコの害は、身体検査で数値として出るてくるから、ある意味で発見は楽と言えます。

これに対してデジタル中毒は、脳へのストレスですから、数値として出てきません。だからこそ、やっかいなのです。

デジタル中毒に気が付かず、心の病に陥る人々が、今後、激増してくるのではないでしょうか。そうすると、企業や自治体などから、「スマホ断ちDAY」とか「スマホ断ちTIME」といったキャンペーンが出てくるでしょう。

このキャンペーンを一番最初にやる企業はどこでしょうね。時代の先ヨミが鋭い企業と言えますから、そういう企業は株価も伸びそうです。

私ほどのデジタル嫌いは極端だと思います。しかし、アナログ環境とデジタル環境の適切なバランスをいかに作ってゆくかが、今後の人々のライフスタイルを考えるうえで、重要なテーマになってくると私は確信しています。

スリップシール機構付き万年筆は飛行機に強い

以前、「プラチナ万年筆の プレジールを持って飛行機に乗る」というエントリーでお伝えしましたが、1時間のフライトで、インクが漏れるような事故は起こりませんでした。

今回はヨーロッパ路線の長距離フライトで試してみたところ、これまた問題なし。どうやらプラチナのスリップシール機構付きの万年筆ならば、インクを入れたまま飛行機に乗っても大丈夫そうです。

ただし、機内でキャップを外すと、気圧変化でインク漏れが起こる可能性あります。ご注意ください。

ということでインク漏れはなかったものの、今回のテストでは悲しいことがありました。

私のご自慢のポルトガル色の万年筆が曲がってしまったのです....

曲がった万年筆

私は万年筆をビニール袋に包み、スーツケースに入れていました。目的地に到着した後、スーツケースから取り出したらこの状態だったのです。

この曲がりは、まず間違いなく、気圧によるものではありません。スーツケース内の他の荷物に当たってできたものだと思います。

曲がっても、実用上は問題なく使えるんですけれど悲しいです。

プラチナのプレジールはアルミでできているため、衝撃にはどちらかというと弱いのでしょう。皆さんもご注意ください。

といっても簡単に曲がるほどヤワではないので、普段使いには全く問題ありません。

名ブレンダーが語るウイスキーの嗜み方

週刊ダイヤモンド、2014年11月1日号は「世界が認めたニッポンの酒」が特集となっています。
週刊ダイヤモンド  日本の酒

この手のお堅い雑誌は好きではありませんが、今回は面白そうなので読んでしまいました。

この本のP46に「名ブレンダーが語るウイスキーの嗜み方」という記事があります。

この「名ブレンダー」とは、サントリーの名誉チーフブレンダーでおられる輿水 精一(こしみず せいいち)さんです。輿水さんは、NHKのプロフェッショナルにも出演されており、日本のウイスキー作りのレジェンドと称される方です。

以前、「ラガブーリン(LAGAVULIN)16年」というエントリーでお伝えしたとおり、私は近年、ウイスキーを好んで飲むようになっています。
ラガブーリン16年物

ウイスキーを知り尽くした達人が、その楽しみ方をどう伝授されるのか興味を持って記事を読んでみました。

すると、輿水さんお勧めのウイスキーの楽しみ方は「ソーダ割り」ということがわかりました。

しかし、「安いウイスキーをハイボールにして楽しむ」ということではなく、「高級ウイスキーをソーダで割る」という意味とのこと。記事には書いてありませんでしたが、氷を入れずに、冷蔵庫で適度に冷やした炭酸水と1対1くらいで割るのが、一番楽しめる飲み方だと思います。

輿水さんによると「炭酸はウイスキーの香りの個性をより引き立ててくれる」とのことです。ただし、「あまり長く熟成したものを炭酸で割るのはおすすめしない」とのこと。炭酸で割る場合には、12年くらいまでのウイスキーが良いようです。

12年以上に長期熟成させたウイスキーは、グラスに注いで色と香りを楽しんだ後、ストレートで一口飲み、チェーサーで中和する飲み方が王道ということになりましょう。しかし私の場合、軽度の食道裂孔ヘルニアを患っていまして、これがためにウイスキーのストレート飲みは避けねばなりません。かえすがえすも無念です。

さて、そんな輿水さんがバーで飲む一杯目は「ラフロイグ(Laphroaig)のソーダ割り」だそうです。

ラフロイグは「ラガブーリン(LAGAVULIN)16年」のエントリーでお伝えしたとおり、シングモルト・ウィスキーの聖地であるアイラ島にある8つの蒸留所のひとつです。私の好きなラガブーリンと並んで、クセの強いウイスキーです。ラガブーリンもラフロイグも、子供の頃に嗅いだヨードチンキの匂いというか、正露丸の匂いというか、とにかく強烈な個性を持った酒です。
ラフロイグ10年物

ラフロイグは通常10年物です。これに対してラガブーリンは16年物が一般的。熟成年数の差のためかもしれませんが、ラガブーリンの方が、まろやかな感じがします。どちらもすばらしい酒で、甲乙はつけ難いです。

やっぱりウイスキー好きの人が辿り着くのは、こういうウイスキーなんだなあ、とあらためて思いました。いつの日か、村上春樹さんのようにアイラ島へ行ってみたいです。

日本人の知らない、欧州における大戦の深い傷跡

長かったヨーロッパ出張の最後はロンドンでした。

市内からヒースロー空港への移動で利用したタクシーの運転手さんはルーマニアの方でした。

この運転手さんがインテリで、いろいろなことを教えてくれたのですが、驚いたのは第二次大戦における東欧の悲劇の話でした。戦争の歴史は、常に悲惨であり、例外はありません。しかし、欧州における大戦の被害の悲惨さは、自分の理解をはるかに超えていました。

私の知っている第二次大戦というと、日本を中心とした戦争です。この戦争でどれだけ多くの日本人、そして中国をはじめアジアの国々の皆さんが大変な目に遭ったは、ある程度理解しているつもりです。

これに対して、ヨーロッパにおける戦争に関して、わたくしは映画とかビデオでちょっと見た程度の知識しかありませんでした。ユダヤ人に対するひどい虐殺があったことは知っていますけれど、おそらく多くの日本人の皆さんの知識も私と同等だと思います。

ウィキペディアで調べてみますと、ヨーロッパの犠牲者の多くは、ドイツから東欧側に集中しています。

ドイツ・オーストリアの人口8,400万人のうち、およそ800万人が大戦で命を落としています(軍人と民間人の合計)。人口の10%弱です。

旧ソビエトと周辺の東欧諸国においては、人口2億人のうち、なんと2,200万人から2,900万人が亡くなっています。人口の11%から14%に相当します。

日本も大変な数の方が亡くなりましたが、それでも人口7,000万人のうち命を落とされたのは250万人から300万人であり、人口の4%ほどです。

ドイツ以東における犠牲者数が、桁違いなレベルであることがおわかりいただけると思います。

エルミタール美術館のあるロシアのサンクトペテルブルグ。私は幸運にも仕事でご縁があり、この街を訪問しました。美しい街でした。 天下のエルミタージュ美術館を、仕事の都合で二時間しか観れなかったのが心残りです。
エルミタージュ美術館

この街は第二次大戦時、レニングラードと呼ばれていました。ドイツ軍は1941年9月から1944年1月まで、2年半弱に渡って街を包囲し、兵糧攻めを行いました。

当時のレニングラードの人口は300万人。このうち、70万から100万人の市民が、主に飢餓で命を落としたと言われています。ウィキペディアには 「食料が切れた市内には飢餓地獄が訪れ、死体から人肉を食らう凄惨な状況が常態化した。人肉を売る店まで現れ、人々はそれで飢えをしのいだ。特に子供の人肉は美味とされたので、市内では子供の誘拐・殺人が横行したと言われる」と記されています。

下の写真は1942年3月8日のレニングラード市内の様子です。
レニングラードの冬

さて、日本は空襲や原爆で、多くの民間人が命を落としましたが、本格的な陸上戦の被害に遭ったのは、日本領土においては沖縄だけです。当時の多くの日本人にとって戦争は海の向こうの話でした。

これに対してヨーロッパにおける第二次大戦の多くは陸上戦です。戦争は民間人の目の前で繰り広げられる現実の世界でした。

私がここでお伝えしておきたいのは、実際に戦争を経験した人々は、その悲惨な経験を子や孫に語り継いでいるはずであり、陸上戦を経験したヨーロッパの人々の脳裏には、日本人以上に強くインプットされているはずである、ということです。

今回、運転手さんのお話から興味を持って第二次大戦のことを調べてみて、ロシアを含む、現代のヨーロッパの政治、経済、軍事のかけひきの背後には、今もヨーロッパの人々の記憶に残る第二次大戦の歴史が、大きく影響しているのだと思いました。

日本、韓国、中国の間でも、いまだに戦争の傷は残っており、これは外国人にはなかなか理解できなことだと思います。ヨーロッパに関しても同様の、あるいはもっと深い傷があるのだと、私たち日本人は考えておいた方がよいのかもしれません。

そうした理解のもとにヨーロッパを観ると、また新たな気づきが得られるのではないかと思います。
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