
ペン = ラミー : サファリ (Mニブ)
インク = 色彩雫 : 竹林
日本料理、あるいは日本の食文化がこれまで世界に進出していくことができなかった主な理由のひとつに食材の問題があると思う。(中略)
日本料理、とくに生の魚が絶対必要なスシは、流通や冷蔵のシステムが保証されなければどこへも出て行くことはできない。(中略)
その意味で、スシというのは、きわめて現代的な、その存在のために技術革新が必要な食べ物なのである。ようやく21世紀を迎えようとする時代に、満を持して世界の舞台に登場してきたのは決して偶然ではない。
玉村豊男 :
回転スシ世界一周 ====================
玉村さんの 「回転スシ世界一周」 は2000年に出版された本です。玉村さんはこの本で、「日本料理が急速に世界で広まっている背景には、健康ブームだけでなく、各国における流通事情の進歩が大きな要因としてあげられる。なぜなら、日本料理を作るためには、食材の鮮度が重要だからである」 という分析をされています。
すなわち、世界の流通革命が、食文化に大きな変化を与えている、ということです。
流通が未発達の時代、食材は干物、塩漬、酢漬、砂糖漬、オイル漬などの保存食を利用したり、生鮮食材に火を通して加熱消毒することにより、人類は食の安全を保ってきました。
これに対して、日本はきわめて恵まれた地理、自然環境にあったため、流通が未発達の時代でも生鮮食材を生で食べることができたわけですね(内陸部は難しかったと思いますが)。
「新鮮な食材は、できるだけ生で食べた方が美味しい」、これは日本人にとっては常識です。しかし、世界全体を見渡してみれば、この事実を理解している人々は、まだまだ少数派なのです。
「今は流通も進歩したから生で食べても大丈夫」 と頭ではわかっていても、子供の頃から 「煮えすぎ」「焼きすぎ」 の料理をずっと食べてきた人は、そういう料理が自分にとって 「美味しい」 という判断の基準になってしまっています。
しかし、さすがに食の先進国、フランスは、「新鮮な食材の持ち味を生かすには、火を通しすぎない方がよい」 ということを早くから認識していました。実際には、1970年代、当時のトップシェフ、ポール・ボキューズが来日し、日本料理に感銘をうけ、新しいフランス料理 (ヌーベル・キュイジーヌ) を打ち立てた頃から、食材と火の入れ方の関係に細心の注意を払うようになっていったと言えるでしょう。
私も仕事で世界各国のお客さんと食事をしてきましたが、フランス人のお客さんは、例えばステーキを食べる場合でも、火の入れ方にこだわる方が多いです。日本人同様、焼きすぎるのを嫌います。外側が炭火でカリっとして、中は薄いピンクで絶妙な火の入り方だったりすると、すごく喜びます。
もともと料理にうるさいフランス人ですが、中流階級の人々まで、火の通し方にこだわりを見せるようになったのは、ここ20年くらいではないでしょうか。ポール・ボキューズが1970年代に新フランス料理をスタートして、それが一般家庭レベルに浸透するまで20年以上はかかったと思うのです。
こうしてみると、高級レストランのみならず、一般レストランでも、フランスは客の目がシビアであるため、シェフは火の通し方に細心の注意を払わねばなりません。ちょうど良い火の通し具合でないと、客は評価してくれませんから。これに対して、イギリスやドイツだったら、お客さんは火の通り具合なんて気にしませんから、シェフからすれば適当に焼いて皿を出せばよいわけで、気楽なものです。
フランスのシェフの腕が磨かれるのは、こうした客の厳しい目があってこそなわけですね。
客の厳しい目という点でフランスの環境に似ているのは、日本ではないでしょうか。だからこそ、フランス人の目からみても、日本には良い洋食系レストランが多いということになるのでしょう。
そして何よりも、料理を作る日本人シェフたちが、子供の頃から新鮮な食材と火の入れ方の関係にこだわる文化の中で育っていることを忘れてはなりません。
先ほどお伝えしたとおり、料理先進国のフランスでも、中流階級レベルの人が、食材と火の入れ方の関係に注目しだしたのは最近の話です。ということは、現在のフランスのトップシェフたちの多くは、子供の頃、日本人から見れば 「煮えすぎ」「焼きすぎ」 の料理をあたりまえのように食べていた人たちだったわけです。彼らは、プロの世界に入ってから、食材と火の入れ方のバランスの重要さ知った世代です。こうした繊細さが重要な部分においては、日本人シェフがまだ有利といえるでしょう。
世界における流通の進歩とともに、人々の食に対する好みも、フランス人と同様、生に近づいてゆくのは必然の流れです。
この流れの中で、日本料理に対する需要も増えるでしょう。
しかし、その一方で、日本料理以外の料理の調理も、より生に近づいてゆくはずです。フレンチであれ、イタリアンでれ、中華であれ、そこに新鮮な食材への火の入れ方を熟知する日本人シェフが、これまでにない新たな境地を開拓する可能性が潜んでいるはずです。世界のエグゼクティブやセレブレティたちから、「東京に行けば、世界各国の最先端料理を食べられる」 と言われるようになる日は、そう遠くない日に来るのではないかと私は思っています。