伊坂幸太郎 「ゴールデンスランバー」 を読んで

伊坂幸太郎 ゴールデンスランバー

Pen : Pilot - Custom Heritage 912 (WA nib)
Ink : Herbin - Vert Reseda

「いいか、これがおまえたちの仕事だということは認める。仕事というものはそういうものだ。ただな、自分の仕事が他人の人生を台無しにするかもしれねえんだったら、覚悟はいるんだよ。バスの運転手も、ビルの設計仕も、料理人も、みんな最善の注意を払ってやってんだよ。なぜなら、他人の人生を背負っているからだ。覚悟を持てよ」

伊坂幸太郎 : ゴールデンスランバー
====================

社会人になってから40代後半まで、歴史小説は別として、私は小説というものをほとんど読んだことがありませんでした。

そんな私が伊坂幸太郎さんの本を読むようになったきっかけは、同じ課におられた女性社員との会話からでした。その人は読書が趣味だったので、「好きな作家は誰?」 と聞いたところ、「そうですねぇ、最近は伊坂幸太郎かな。面白いですよ」 という回答。もちろん、当時は伊坂幸太郎なんて名前も聞いたことがありませんでしたが、「これも何かの(作家との)ご縁かも」 と思って読み始め、今に至っています。

そんな伊坂さんの 「ゴールデンスランバー」 は、“ミステリー”というよりは、ハリウッド映画っぽいサスペンス調の仕上がり。映画化されたのも頷けます。読み始めたら止まらず、休日を使って一気に読破してしまいました。
ゴールデンスランバー

ケネディ大統領暗殺事件におけるオズワルド被告さながらに、総理大臣の暗殺犯として疑われた主人公が逃走を続けるストーリーです。

冒頭の言葉は、マスコミに囲まれた主人公の父親が、マスコミの圧力に抗議して叫ぶシーンで出てきたものです。伊坂さんの小説に臨場感が溢れるのは、こうしたディテールをしっかり描きこむところにありますね。これはいい言葉だなあ、と思いました。

前稿でも記しましたが、仕事というものは何らかの形で 「世間の役に立つ」 ということで成り立っています。ということは、仕事を通じて他人の人生に何らかの影響を及ぼしているということに他なりません。

例えば、どしゃぶりの雨の中でも、たったひとつの小箱を嫌な顔ひとつせず持ってきてくださるヤマト宅急便のドライバーさん。長時間労働で今問題になっているくらいですから、本当に大変なお仕事だと思うのです。

ヤマト宅急便

それでも不機嫌な顔をされたヤマトの方って見たことがありません。いつも明るく元気よく。そんな姿を見ると、「すごいなあ」 と尊敬してしまうと同時に、つまらぬことでストレスを抱えている自分が恥ずかしく思えてしまいます。

自分が今もブチ切れることなく会社を辞めずに働いておれるのは、もしかすると深層心理に焼き付いているヤマトの皆さんのおかげかもしれません。

そうしてわが身を振り返ってみると、「自分の仕事が他人の人生を台無しにするかもしれない」 なんていう覚悟が全然できていないなあ、思うのです。

他人様の仕事ぶりをみて自分がパワーをもらっているのであれば、自分も同じように仕事を通じて他人様にパワーを返してあげないとね。「50を越えたオッサンがこんなにがんばっているのなら、俺も負けられないぞ!」 なんて若手に感じてもらえるくらいやって、ようやく少しだけ社会へ恩返しできるといったところでしょうか。

有名とか無名とか、そんなことは全く関係なく、プロフェッショナルであるか否かの差は、この 「覚悟」 にあるのかもしれません。

伊坂さんの小説を通じて、一歩だけ前に進めた、、、かな?


P.S.  今回使用したインクはエルバンのモクセイソウグリーンです。
モクセイソウ グリーン

この色、好きなんですよね~

蛭子 能収さんの仕事観とは

ひとりぼっちを笑うな  蛭子能収
Pen : Pilot - Kaede (FA)
Ink : Pilot - Konpeki

所詮、お金をもらうための手段が仕事じゃないですか。(略)あまり胸を張って言うことではないけど・・・ 「お金のためなら、なんでもしますよ!」っていうくらいの気持ちはある。
でも仕事って本来、そういうものなんじゃないかな?いや、その程度のものと言っていいかもしれない。(略)
僕からすると 「仕事は自己表現する場」 なんて思考は、よく理解できないかもしれない。それよりもなによりも、自分の自由時間のほうがよっぽど大事。その自由のために働いていると言っても過言ではありません。

ひとりぼっちを笑うな : 蛭子 能収
====================

蛭子 能収さんといえば、「あの 『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』 の人ね」 という形で思い出す方が多いことでしょう。
ローカル路線バス乗り継ぎの旅

その蛭子さんの本職は漫画家なのですが、「蛭子さんのマンガを読んだことある?」 とまわりに聞くと、読んだことがある人は少数派。今や本職よりも副業の方が有名になってしまった方と言えるでしょう。

私が蛭子さんの名を知ったのは、蛭子さんがバラエティ番組やバス旅行でブレークするはるか前の80年代、そのマンガ作品を通じてでした。

下手な絵で (これ、たぶんわざと下手に書いているのだと思いますが)、ストーリーもつまらない。「こんなので雑誌に掲載されるの?」 と思うのですが、不条理な世界が妙に記憶に残ってしまうという、不思議な印象がありました。

その後、蛭子さんはテレビに出始めます。「あっ、あの下手くそマンガの蛭子さんだ!」 と思って見て、「この人にこのマンガありだなぁ」 と妙に納得したことを覚えています。

バス旅行の番組で蛭子さんを見て笑えた方は、ぜひマンガも見てほしいですね。

そんな蛭子さんが出されたマンガでない本、「ひとりぼっちを笑うな」を買って、家で読んでいたら、妻が激高しました。「あなた、蛭子さんの本を読むなんてどういうつもり?」 と完全拒否反応。蛭子さんのサエない風貌に (蛭子さんゴメンナサイ)、我慢ならないそうです。「了見の狭いお方ですね」 と返しておきました。

ともあれ、「ひとりぼっちを笑うな」 を読みまして、私は何か蛭子さんと相通じるものを感じました。

蛭子さんはパーティや宴会が大の苦手とのこと。私もそうです。気の合う友人と飲みに行くのは好きですけどね。

畳の席の宴会なんかですと、盛り上がってきたところで席を移り、上司の前に行って 「どうぞ」 なんて言ってお酒を注ぐ宴会上手な方がいます。というより、だいたい皆さん、そうするものでしょう。
oshaku

けれども私、あれができないんです。出世のことを考えると、あの技ができないのはマイナス以外のなにものでもありません。しかし、四半世紀を越えるビジネスマン人生で、宴会時の席移動をせずに通してきましたから、このままのスタイルでビジネスマン人生を終えるつもりです。

そもそも、自分の目の前の席の方に、「ちょっとすみません」 なんて言って席を変えてしまうのは失礼な気がしてしまうのです。私自身、目の前の方にそれされるとあまり良い気はしませんから。

蛭子さんは宴会を抜け出して一人になるとホッとするそうで、その気持ち、よくわかるなあ~

蛭子さんはまた、友人も少ないそうで、孤独である環境が快適だと述べています。私自身も友人の数は多くありません。葬式のときにお悔やみに来てくれる人は少ないだろうなあ、と思います。

少し寂しい気もしますが、人付き合いに多くの時間を割くよりも、自分ひとりの時間を大切にしたいのです。妻は反対に、常に人と接点がないと耐えられないタイプでして、なにかといつも人づきあいで悩んでいます。「それだったらいっそのこと、人付き合いなんて止めてシンプルに生きればいいじゃない」 と私は言うのですが妻には私のような生き方は理解できないようです。

その蛭子さんの仕事観を記したのが上の一文です。

さすがの蛭子さんも 「あまり胸を張って言うことではないけど」 と前置きしていますが、「お金のためなら、なんでもしますよ!っていうくらいの気持ちはある。でも仕事って本来、そういうものなんじゃないかな?いや、その程度のものと言っていいかもしれない。」 という言葉を見て、最初は 「えっ?」 と思いました。

なぜなら 「仕事というものには、お金を越える何かがあるのではないか」 と私は考えてきましたから。このブログの根底には、そうした想いを綴っているつもりです。

しかし、蛭子さんにズバリ言われてみて、「そういう考え方もアリなのかな」 と思ったんです。

イリーガルな世界は別として、通常、人様からお金をいただくということは、自らの行為が世間の役に立っているということの証に他なりません。蛭子さんであれば、彼の 「ヘヘヘッ」 って頭に手を当てる姿をみて、思わず吹き出してしまう視聴者のお役に立っているからギャラを取れるわけですよね。
蛭子さんの笑い

すなわち、蛭子さんのようにお金を目的として仕事をするとしても、結果としてそれは社会貢献になるのだからそれで良いのではないか、ということです。なにも肩肘張って 「オレが仕事をするのは、金のためだけじゃない」 なんて思いこむ必要はないのかもしれない。蛭子さんに 「もっとリラックスして生きてみたら」 と肩を押されたように思います。

今まで現代人が根底に思いを抱きつつも、コトバとして表現するのを無意識にためらってきた内容をズバリ表現してくれた蛭子さんって、実はすごいアーティストなのかもしれません。

モデルルームを見て即決する人

モデルルームを見て即決する人
Pen : Platinum 3776 Century - Bourgogne (F)
Ink : Platinum - Pink

不動産の価値は、自分自身が住む価値と、よい条件で人に貸せる価値、そして、よい条件で人に売れる価値の3つがあり、それぞれの立場によって価値の重要さは同じではないので、自分に関係が無い価値にはあまり関心がない場合が多いですが、直ちに興味がなくても、不動産を購入する時には、この「3つの価値」を意識しておくと、失敗する可能性が低くなります。

後藤一仁 : 東京で家を買うなら
====================

すっかりブログ更新もご無沙汰してしまいました。今回はその顛末を、、、

昨年の終盤、私は近い将来に起こりうる実家の建替えについて考えることに熱中していました。録画していた「建もの探訪」のDVDを徹底的に見る日々。私につきあって建もの探訪を連続して見ることになった娘は、同番組のテーマソングが (小田和正さんの“Between the word & the heart –言葉と心–“) 「パパのせいで頭にこびり付いて離れない!」 とクレームしてくる有様でした。

そんな中、家からちょっと離れたところへジョギングしていたところ、マンション建設の現場に出くわしました。前から「こんなところに住めたらいいな」と思っていたところだったので、家に帰ってから、これから売り出されるそのマンションのお値段を調べてみたのです。そうしたら思っていたより安かったんですね。

「あれ、このお値段なら、今住んでいるマンションを売って、住み替えてもいいかな」と感じ、インターネットで「モデルルーム訪問の御予約」の箇所をポチることに。

モデルルーム
(写真のモデルルームは参考例です)

私、これまで不動産は何度か購入していますが、いずれも中古でした。新築を購入した経験はありません。「中古の目利き」としての自負はあるものの、新築に関しては素人同然ですから、「セールスマンのトークには騙されまい」と心を鬼して、妻と一緒にモデルルームへ行くことにしました。

マンションのモデルルーム訪問は初体験でしたが、ありゃええもんですね。

ファーストクラス
JALやANAのファーストクラスも真っ青のVIP気分を味わうことができました。たしかにマンションに比べれば、ファーストクラスのお値段なんてたいしたことないわけですから、当然といえば当然なんですけど。

それでもって登場してきたセールスマンがまた感じの良い方なんです。「その手に乗るもんか、オレは騙されんぞ」と警戒心を緩めず話を聞いていましたが、そのうち、「う~ん、この物件、やっぱり買いかも。。。」と、コンパスは180度方向転換することに。

結局、その場では申し込みをせず、一旦、家に戻ることにしました。頭を冷やして数時間考えましたが、それでも決意は変わらず、「やっぱり買おう!」と決めることに。嫁は呆れていましたけど。

そして翌日、再びモデルルームを訪問し、正式に申し込みをしました。「申し込み」といっても、実際には抽選がありますので、購入契約は当選が確定してからということになります。ただ、現在は高値警戒感もあり、あまり申し込んでいる方もいないようですから、抽選無しで決まる確率が高そうです。

購入を決意したものの、やはり高い買い物ですから不安はあります。先々週には 「2016年、首都圏の新築マンション発売戸数は、バブル崩壊後の1992年以来24年ぶりの低水準となった」 なんてニュースが発表されて焦りました。慌ててマンション業界の市況動向を分析したりする始末。そんなわけでブログ更新どころではなかったのです。

自分なりに分析した結果、東京のマンション価格は底堅いという結論に至りました。その主な理由は次のとおりです (素人の独断と偏見に基づく考えであることをお含みおきください)。

・ 実業家のトランプ氏が大統領となり、アメリカは好景気が続くであろう
・ アメリカの景気が悪化しないかぎり、世界全体も景気は悪くならないであろう (とりわけ東京はオリンピック景気というプラス要因も有る)
・ 日銀は金利を当面、上げられないであろう
・ アジア系を中心に、外国人による東京の不動産購入は今後も続くであろう (もし私が中国人で金持ちだったら、東京に投資します)

今回、購入を考えているマンションの引き渡しは2年後です。私の場合、まずは銀行からローンを受けて代金の支払いを終え、その後に現在住んでいるマンションを売却することになります。

現在のマンション市況は底値圏からだいぶ上げていますし、今回購入予定のマンションも割安とは思いません。しかし、私が住んでいるマンションの中古価格も上がっているので、不動産市況が急落しないかぎり、買い替え計画で失敗することはないと考えています。

とはいえ、契約締結後、この2年の間に中古市況が急落したら大損です。そのリスクは腹をくくって勝負ということになります。

私のマンション購入話はさておいて、数ある候補の中からひとつの家を買うとき、人は「その家」を選ぶなんらかの根拠があります。「なんとなく買っちゃった」ということはないはずです。

上述の後藤一仁さんは、「不動産の価値は、自分自身が住む価値と、よい条件で人に貸せる価値、そして、よい条件で人に売れる価値の3つがある」と述べておられます。

別な言葉で言うならば、「使用価値(通勤や通学に便利だとか、実家に近いとか、学区が良いとか、良い公園がある等、金銭に変換できないリターン)」と「資産価値(投資した額に対するリターン)」と言えます。

この二つの価値の比率をどう案分するかで、その人の個性が出ますね。

例えば「使用価値なんて気にしない。不動産は投資である。資産価値が100%。自分の住み心地を犠牲にしてでも、リターンを狙いたい」という人は、どこか冷たいかんじがします。
金融資産

反対に「私の場合、使用価値が100%」なんていう方は温かみがあるように思えてしまいます。「建もの探訪」に登場するような、自分好みの注文住宅を作る方は後者の側に属すると言えるでしょう。

マンションは一戸建てに比べて金融資産としての性格が強いですから、マンション購入を希望する方の場合、資産価値を全然考えないというケースはほとんど無いと思います。

私の場合、現在住んでいるマンションを決める際には使用価値の方を重視しました。使用価値が70%、資産価値が30%というところです。そんなわけで、今の家はとても気に入っています。

その一方で、以前にもブログに書きましたが、私は京都や滋賀など、日本には住みたい街がいくつもあります。
京都

滋賀

なにせ日本では東京以外に住んだ経験がないので、それで一生を終えるのはあまりにもったいない話だと思うのです。

― 家を賃貸に出して収入を得ながら、いろいろな街に家を貸りて住んでみる

そんな人生ができれば、と願うのですが、今の家は「よい条件で人に貸せる」という価値においては、少し弱いところがあります。

「マンションを買い替えてもいいな」と思うようになったのはそんな背景がありまして、今回は特に、「よい条件で人に貸せる価値」を重視しています。総合的にみて、使用価値40%、資産価値60%くらいでしょうか。

「持ち家は永住するもの」という発想から離れ、人生の設計図をベースに、賃貸や売買を織り交ぜながら、住む家を自在に軌道修正してゆく。変化が激化するこれからの時代、そんな自由な発想が幸福な人生をおくるための鍵になるのかもしれません。

真剣師、小池重明の魔手、5八歩

小池重明の5八歩
Pen : PeliKan - M400 (F)
Ink : Pilot – Cosmos

☗5八歩。観戦記者の今福栄氏は 「念力の歩打ち」 と書いたが、受けるにはこれしかない。
私の☗5八歩をみて、
「フフ、やっぱりね」
森棋聖の顔がユルンだ。そして指された手は、☖5八同龍。
これが敗着であった。
正解は☖6六馬で、これが詰めろになっている。

小池重明 自戦記 (「将棋ジャーナル」 1991年3月号)
====================

「積ん読」 という言葉があります。「いつか読もう」 と買っておいたけれど、読まないまま本が積まれている状態のこと。官能作家、団 鬼六が著した「真剣師 小池重明」はそんな本でした。

真剣師 小池重明

最近、大阪南部出身の方と話す機会があり、通天閣の近くの将棋道場で平日の昼間から将棋に打ち込むオッサンたちの話でもりあがりました。それがきっかけとなって、「積ん読」 から、「真剣師 小池重明」 を手にとってみたのです。

読んでみたらメチャ面白くて、一気に読んでしまいました。

私が将棋に熱中していた子供の頃、アマチュア将棋名人戦で小池重明さんの名を見た記憶が残っています。私は頭の中にはNHKのTV放映のイメージが残っており、今あらためて、それがいつのことだったかを調べてみると、小池さんがアマチュア将棋名人戦の二連覇を達成した1981年の第35回大会であろう思われます。
小池重明 アマチュア名人

凄まじく、また、泥くさい将棋でしたが、アマチュアにはわかりやすい、手に汗にぎる勝負でした。

その後、小池さんの名を目にする機会は減り、そして突然、1992年、新聞で小池さんが44歳という若さで逝去された記事を目にし、「あの小池さんが亡くなられたのか」 と思ったことを覚えています。

今回、「真剣師 小池重明」 を読んでみて、伝説のアマチュア棋士、小池重明さんは、「飲む、打つ、買う」 に溺れ、人間としてはデタラメな破綻者だったことを知りました。しかし、将棋だけは天から授かった才能を持っており、その波乱に満ちた一生は、「小説よりも奇なり」 を地でゆくものであったようです。

複雑な家庭環境に育ち、中学生の頃、たいして将棋が強いわけでもない、義理の父親から教わった将棋が、小池さんのスタートでした。プロであれ、アマであれ、将棋の世界でトップに到達する人と比べ、このスタートは異例の遅さです。

やがて小池さんは将棋にのめり込み、高校を中退、アマチュアでありながら、賭け将棋で生計をたてる (というより食つなぐ)、真剣師の道を歩むようになり、アマチュアで頂点を極めます。特例でプロになるチャンスもありましたが、酒と (将棋以外の) 博打に溺れ、それも逃してしまいました。最後はサラ金に追われ、愛人にも逃げられ、文字通り野垂れ死に。

小池さんは将棋の勉強を全然しない人でした。部屋に将棋盤も無かったそうです。もっぱら実践で力を付けるのみ。将棋の序盤は勉強で差がつきます。このため、小池さんは序盤が弱く劣勢に立つのですが、終盤に逆転で勝つというスタイルを持っていました。このハラハラドキドキの逆転劇が、小池将棋の魅力なんですよね。

小池さんはアマチュアでありながら、プロを次々と打ち破り、「プロ殺し」 と称されました。

そのハイライトは、1982年に行われた、森棋聖を平手戦 (ハンディ無し) で打ち負かした試合です。

この年、小池さんはアマ名人を連覇した翌年であり、まさに最盛期。

とはいえ、森雞二九段も、当時、名人位、十段位に次ぐ格だった棋聖位をとっており、名実ともにプロのトップクラスでした。 (下の写真は若かりし日の森九段)
森雞二

いくら小池さんがアマ最強とはいえ、普通に考えればプロのトップクラスに勝つことはありえない話です。このため、小池さんの勝利は、プロ棋界にも大きな衝撃を与えました。

この試合、先手の小池さんによる無謀な攻めが失敗し、小池さんが5八歩と打った図の局面では、先手がほぼ負けの状況です。
小池重明 森雞二

冒頭に記しました小池さんの自戦記では次の言葉が残されています。

++++++++++++++++++++
☗5八歩。観戦記者の今福栄氏は 「念力の歩打ち」 と書いたが、受けるにはこれしかない。
++++++++++++++++++++

この言葉をみるかぎり、小池さんが5八歩と打ったときの心境は 「防御のためにやむをえず」 というようにしか解せません。

この5八歩に対して、後手の森棋聖は、5八龍という、信じられないような大チョンボを犯してしまいました。6六馬が正着で、プロの戦いならこれで先手は投了するでしょう。

この局面、森九段は、小池さんの死後、1997年2月7日に放映された 「驚きももの木20世紀」 で次のように述べています。

++++++++++++++++++++
「これが小池マジックというか、妖しいアレなんですよね。 (略) 私は(6六馬で)銀を取っても、(5八龍で)この歩をとっても、勝ちは勝ちと思っちゃたんですよね。この時はね。たしかに 『(小池は)こんなムダな手をやって(やりやがって)!』 っていう思いはありましたし、ここで私に(5八)同竜と取らせたことはね、私をカチンとさせたという、彼の、アレですよ、テクニックですよ。彼の魔力ですよ」
++++++++++++++++++++

森九段は、「5八歩は、小池の策略(ハメ手)だった」 と述べているわけです。小池さんの自戦記とは、大きなギャップを感じます。

いったい、どちらが本当だったのでしょうか?

私は森九段の言葉が正しく、小池さんはウソを記したと考えています。ホンネは、「森さん、たのむ、引っかかってくれ!」 と祈って5八歩と打ったことでしょう。

小池さんがこの自戦記を著した頃、彼はすでに肝臓を病んでいましたが、まだ自分が翌年死ぬとは夢にも思っていなかったはず。「先手5八歩」 はギャンブルとしての小池将棋の神髄を示す手ですから、今後の対局をにらんで、彼はそのタネを明かすことはできなかったのです。

森九段は、「驚きももの木20世紀」 の最後で次のように述べています。

++++++++++++++++++++
「今考えてみれば、まさに言い訳はできないです。ですから、彼に私のA級八段(の地位)を差しあげてもよかったんですけどね。いや、ただあの、もちろん言い訳はできないですけど、これから100回やれば、100回、私が勝つでしょうね」
++++++++++++++++++++

将棋をご存知ない一般の方が、この森九段の言葉を聞くと、ただの負け惜しみにしか聞こえないかもしれません。しかし、本当のところは、森九段が、「“(敵を欺く)ギャンブルの将棋” のマジックのタネはもうわかったので、今後、負けることはありえない」 ということを意味しています。

「☗5八歩」 というたったひとつの記号に、これだけのドラマ、関係者の思いが凝縮されています。小池重明さんは、プロ将棋とはまた別な、ギャンブル将棋というジャンルにおいて、その技を芸術の域まで高めた人と言えるでしょう。

中学受験の経験は一生の財産

勉強なんてカンタンだ 魅力的な人間になる第一歩
Pen : Pelikan - M800 (M)
Ink : Pelikan - Brown

勉強って、なんでしなきゃいけないんだったっけ? 
なんで?
じつは、勉強をするというのは、おもしろい人間になるっていうことなんだ。(中略)
国語、算数、理科、社会・・・ 勉強して「知っていること」を増やしていくことは、魅力的な人間になる第一歩ってことなんだね。

齋藤 孝 : 勉強なんてカンタンだ!
====================

今年に入り、ブログ更新のペースが落ちてしまいました。書きたいことはたくさんあるのですが、睡眠を削ってまでがんばると、すぐに体調を崩すタイプなので無理せずにいます。

このようになってしまった理由は、仕事で問題が多発したということもあるのですが、なんといっても一人娘の中学受験勉強のフォローに取られる時間が大きいです。

今年の1月、「この子も4月から小学4年生か。そろそろ中学受験するか否か、決めないといけないなあ」 と考え、受験について調べ始めました。

真面目な親御さんなら、もっと早いうちからそんなこと決めているのでしょうが、今思えば我が家は呑気なものでありました。

さて、「まずはどこを志望校にするか考えよう」 と、偏差値ランキングを調べるところからスタートしました。
中学受験 偏差値ランキング

私は小学校から高校まで一貫校で育ったので、中学受験の世界はよく知りません。それでも、有名校の名前を聞いたことはあったし、各校の偏差値のイメージは持っていました。

実際にランキングを調べてみると、私のイメージとからは大幅に変わっていることがことがわかり、びっくり仰天しました。そりゃそうですよね、私の中高の頃といったら30年以上も前なのですから。

かつての有名校の凋落。逆に、聞いたこともない学校が、今や「難関校」になっている!

塾の勢力図も大きく変わりましたね。
塾ランキング

私が子供の頃は、中学受験といえば四谷大塚を置いて他にありませんでした。
四谷大塚

小学生の頃、四谷大塚へ通っている子に、算数のテストの問題を見せてもらいましたが、あまりに難しすぎてショックを受けたことを覚えています。

それが今はSAPIXが他を圧倒する時代になってしまいました。
SAPIX 実績

「SAPIXなんて聞いたこともないな」と思って調べてみたら、1989年設立だそうで、私が知らないのも当然です。

「テキトーに塾にでも入れて、そこそこの学校へ入れておけばよいかと思ったけれど、これは親がしっかり研究しないとダメだ」 と痛感しました。

私は根が凝り性なものですから、そこから先は趣味が 「娘の中学受験対策」 の状態になっております。ホンモノの親バカですね。

しかし、小学3~4年生の子供が自ら 「わたし、受験して○○中学へ行きたい!」 などと言うケースはまず無いわけですから、中学受験は親がバカになってでも主導していかねば、うまく行かないものだと思います。

そんなわけで、受験向けの塾に娘を入れてまずはスタートしてみたわけですが、テキストを見たらこれがまた難しいのです。算数では4年生の上期でいきなり、私が算数アレルギーとなる原因になった 「植木算」 やら 「つるかめ算」 が出てきます。
つるかめ算

各チャプター、基礎問題から始まって、最後は受験レベルの問題まで解いていかねばなりません。

当然、娘は予習で塾の教科書を開いても全然わからないですから、「わかんない。やだ。やめる!」 と言い出します。そこでやむをえず、「何、どこがわからないの。パパが教えてあげるから一緒にやろう」 といって、かかりっきりになる始末。

それからは娘も私も生活サイクルが一変してしまいました。学校の宿題、毎日の計算トレーニング、漢字トレーニング、塾の予習・復習、レッスン、テスト。。。。。 娘もかわいそうですが、休む暇もありません。最近、娘はトイレが唯一の息抜き場みたいになってしまい、なにかあるとすぐにトイレへ向かうのが習慣になってしまいました。
トイレに逃げ込む

こんなかんじで、志望校合格 (*娘の場合、まだ志望校は漠然としたものですが) を目的としてスタートした受験勉強なんですけれど、娘に付いて一緒に勉強してゆくうちに、気づいたことがあります。

「この受験勉強をしっかりやれば、たとえ志望校に入れなかったとしても、この経験は娘にとって一生の財産になる」 ということです。

中学受験で勉強する内容は、かなり高度なものです。難関中の国語の問題などは、普通に大人が読む本から出題されてきます。おそらく、難関中に合格する子であれば、同じタイミングで大学受験しても、偏差値のそれほど高くないところであれば合格点を取れてしまうでしょう。

したがって、「中学受験をキッチリやった子は、社会で生き抜くために必要な基礎知識をすでに身に着けている」 と言えると、私は思うのです。

上述の齋藤 孝教授の言葉、「国語、算数、理科、社会・・・ 勉強して 『知っていること』 を増やしていくことは、魅力的な人間になる第一歩ってことなんだね」 にありますとおり、「知っていること」 を子供のうちに増やすことができた子は、人生をより深く楽しむことができる可能性が高いといえるでしょう。

それは 「一流校へ行って、よい就職ができる人生」 という上っ面の意味ではなく、「豊かな好奇心を持ち、この世を面白いと感じられる人生」 という本質的な意味においてです。

そのことがわかってから、私にとって、娘の志望校合格は 「目的」 ではなく 「手段」 になりました。目的はあくまでも、「この子が、真に面白い人生をすごすことができるようにするための基礎固め」 です。

娘は、4年生にして 「私、受験に落ちたらどうしよう、、、」 などと言うことがあるのですが、私は 「心配しなくていい。落ちても全然問題ないよ。こうして勉強すること、それ自体が大切なんだ。齋藤 孝先生もそう言っているでしょう」 と伝えています。

私もこんな綺麗ごとを言っていますが、現実の世界では、「勉強嫌い! 受験やらない!」 と泣き叫ぶ娘を叱りつける、格闘の日々が続いています。いつの日か、そんな日々を娘が感謝してくれる日が訪れることを信じながら。。。
カレンダー
03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

検索フォーム
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
学問・文化・芸術
265位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
哲学・思想
30位
アクセスランキングを見る>>