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坪庭を眺めながら読書を楽しめる家

坪庭のある家に住んでみたい
Pen : LAMY - 2000 (M)
Ink : Sailor – Okuyama

寺社の重厚な建物に深く囲まれ、また 「うなぎの寝床」、と呼ばれる町家の中にあって、通気と採光の優れた機能性と合理性を発揮しながら、同時に生活に限りない潤いをもたらしてくれる坪庭は、京に住む人々の知恵と美意識によって完成された一つの素晴らしい庭園様式であろう。

水野克比古 : 京の坪庭
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我が家は現在、東京のマンションで暮らしています。長い間こだわり続けて、ようやく探した当てたマンションなので、今のマンションライフは気に入っているものの、「あなたはここに永住するのですか」 と聞かれると悩んでしまうところ。

そんなわけで、地方移住を夢見て 「そうだ、京都に住もう。」 なんて本を手にとってしまい、永江 朗さんがリフォームされた和の空間にシビれた話を 「家づくりの前に椅子を学べ」 でお伝えしました。

「そうだ、京都に住もう。」 を読んで気づいたことがあります。

それは、私が求めているのは京都という “町” ではなくて、京都を感じさせる “空間” なのだ、ということです。

“空間” でよいのならば、なにも京都に住む必要はありません。

私の両親は現在、都内の戸建に住んでいますが、いずれは私が継ぐことになります。

将来はこの古くなった家を取り壊し、賃貸住宅を作るつもりでいました。しかし、「そうだ、京都に住もう。」 を読んでみて、自分の望む家を作るのも面白そうだと思うようになりました。

なにより、「建築家に依頼して、オーダーメイドの家を作る」 というのは、人生において最高の道楽だと思うんですよね。車や時計や宝石でも何千万円 (あるいは億とか) するものがありますから一概にはいえませんが、一般的には家作りに勝る遊びはありますまい。人生50年、ここまでがんばってきたのだから (妻によると全然がんばっていないそうですが)、自分へのご褒美をやってみようか、という思いです。

そんなわけで10月の途中から家作りの情報を集めることに没頭しておりまして、ブログを書く暇が全然ありませんでした。

さて、「自分の望む家を作ってみよう」 と思うところからスタートしたのはよいものの、よくよく考えてみると自分の望む家の具体的なイメージって無かったんですよね。

理想の家
私の場合、家を建てる土地は決まっているので、問題は建物をどうするかです。想像してみましたが、なかなかピッタリ来るものがありません。

そこで、イメージを膨らませるために、ひたすら 「渡辺篤史の建もの探訪」 の録画を見ることにしました。そうすると、「ああ、こんな家に住んでみたいなあ」 と思う家が出てきます。こんどはその家を設計した建築家のHPを見てみて、作風を研究してみる。そんなことを繰り返すうちに、だんだんイメージが固まってきました。

そのイメージを一言で表すなら 「凜とした家」 になります (笑)

しかし、「ひとつ “凜とした家” をお願いします!」 と建築家に伝えても、言われた建築家も困ってしまうでしょうから、もう少し具体的な言葉にする必要があります。

2016年に放映された 「建もの探訪」 では次のような言葉で各家を表しています。

― 庭へ続く土間ダイニングの家
― 中庭を巡る“の”の字型の家
― 居住空間を広げる 庭まで包む壁
― 枠で懐かし! 黒塀と路地庭の家
― 中心は吹き抜け 方形屋根の家

同様のイメージで、自分のオーダーメイドの家を表すとすればどうなるか。

― 坪庭を眺めながら読書を楽しめる家

これに落ち着きました。

親の家は住宅密集地帯の狭小地。窓を開けると隣のお宅と目線が合うので、お互いにカーテンを下したままです。そんな場所ですから、当然、庭もありません。

都心ではそうした住環境があたりまえかと思っていましたが、「建もの探訪」 を見て、工夫しだいでは坪庭をつくることにより、小さいながらも自然を身近に感じつつ、外部の視線を遮って暮らす環境をつくることが可能であることを知りました。その鍵となるのは坪庭です。

よく考えてみれば、「住宅密集地帯の狭小地」 という住環境は、京都においては何世紀にもわたって続いてきたわけですから、そこから生まれた 「坪庭のある町家」 という建築様式にこそ、都心部の狭小地において豊かな住環境を作り出すヒントが潜んでいるはずなのです。

京の坪庭
そこで、「京の坪庭」 という写真集を見て、自分の好きな坪庭を探してみました。

龍源院 坪庭
上の写真は龍源院。個人的にはこういう無駄を削ぎ落した石庭って憧れるんですけれど、石庭はやはり禅寺向きかなあと。家であるならばもう少し温かみのある庭の方が良さそうです。

いろいろ迷った挙句、今のところは次の庭をお手本にしたいと考えています。

鳥居家 坪庭
― 鳥居家の坪庭

久保家 坪庭
― 久保家の坪庭

実際にはこんな純和風にはできませんから、もっと洋風のあつらえになると思いますが、坪庭を囲む縁側は絶対に譲れないポイント。縁側に座って、あるいは寝転んで、そよ風に吹かれながら読書を楽しむ。これを極楽と呼ばずして、何と呼びましょう。

庶民の私にとっては、孫 正義さんや柳井 正さんの豪邸よりも、そんな坪庭のある小さな家の方に魅力を感じてしまいます。
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教養が身に付くテレビ番組

教養テレビ1

教養テレビ2

週間現代、2015年5月23日号で、”日本の識者30人が毎回観ている 「教養が身に付く」 テレビ番組”という記事が掲載されました。

これは各識者の意外な一面が見られて、面白い内容でしたので、ご紹介したいと思います。

複数回答があったのは次の番組でした。

・Qさま!! : 内田康夫 (作家)、堺屋太一(作家)、矢幡洋(臨床心理士)

・相棒 : 浅田次郎 (作家)、奥寺康彦(元サッカー選手)

・クローズアップ現代 : 降旗康男 (映画監督)、水谷修(教育評論家)

この三番組以外は、回答がバラバラでした。

「冗談でしょ?」 と思ったのは、名著 「頭の体操」 で有名な多湖輝教授が選んだ 「国会中継」。
頭の体操 多湖輝

同氏のコメントは 「いま大衆が何を求めているか、その心理を考えるという見方。国会中継は社会の動きを知るために必ず観る」 というもの。いくら多湖先生に薦められても、私は国会中継には面白さを見出せそうにありませんねぇ。。。

一方、ノーベル賞受賞の江崎玲於奈教授は、「笑点」。人を笑わせるためにはユニークな発想が求められます。天才はこういうところから、無意識に脳味噌を鍛えているのかもしれません。

元外交官の佐藤優さんは 「いないいないばぁっ!」。ウケ狙いかと思ったら、コメントには 「0~2歳児にどうメッセージを伝えるかについて、心理学、大脳生理学、認知哲学の成果を最大限に活用し作られている番組」 と記されており、なるほど、と納得。こんな番組でも、見方しだいでは大人でも楽しめる、というのは驚きました。

興味深かったのは、画家の安野光雅さんの 「NHK囲碁と将棋」。コメントには 「囲碁は石一つで世界が変わり、予定された行動が全くない。解説者の話を聞きながら対局者の頭の中を想像して楽しむ、奥深い世界」 とありました。

「絵画と囲碁・将棋」 というのは、一見して縁遠い関係に見えますが、将棋と絵画が好きな私からみて、「絵の好きな棋士」 と 「囲碁・将棋の好きな画家」 のどちらもわかるような気がします。画家が絵だけ描いていても、その芸はどこかで行き詰ってしまいます。棋士も同様です。全然違う世界にふれながら、自分の世界を広げていく努力をするに際し、「 絵画 ⇔ 囲碁・将棋 」 という組み合わせは相性が良いのではないでしょうか。

残念だったのは、私の好きな 「デザインあ (NHK)」 が無かったこと。
デザインあ という番組

まだ番組の知名度が低いのでしょうね。表向きは子供向け番組ですが、実際には大人も子供も共に楽しめるすばらしい番組だと思います。

++++++++++++++++++++++++

(追記)
以前、 ”「デザインあ」 はスゴイ番組でした” という記事を投稿しました。よろしければ御覧ください。

http://rin2014.blog.fc2.com/blog-entry-83.html

”整理・整頓” と ”美しい・きれい”

アインシュタインの机の上
*写真上 : アインシュタインの机の上


「整理・整頓」、子供の頃から耳タコの言葉ですが、このふたつの言葉の意味の違いを意識している人は少ないと思います。私自身も近年まで違いを知りませんでした。

けれども最近、このふたつの言葉の違いを認識することは、美しい仕事をめざすうえで大切だと私は考えるようになりました。

前稿でお伝えしたのは;

・「きれい」と「汚い」。これはどちらかというと、外観(視覚)に基づく言葉。
・「美しい」と「醜い」。これはどちらかというと、(人の)内面に基づく言葉。

ということでした。

この箇所を書いているとき、ふと閃くものがあったのです。

「整理・整頓」 の意味も同じことではないのかな、と。

・整頓 = 外観を整えること = きれい
・整理 = 内容を整えること = 美しい

これを日々の生活に置き換えると次のようになります。

・オフィスの机の上を整えること      = 整頓
・オフィスの机の引出しの中を整えること  = 整理

・パソコンのデスクトップ画面を整えること = 整頓
・パソコンのフォルダー環境を整えること  = 整理

このように考えれば、整理と整頓は全く別のものですよね。「整理・整頓」の一語として考えるものではありません。

では、整理と整頓、我々はどちらをより意識するべきなのでしょうか。

私は整頓だと思うのです。

整理と整頓では、整頓の方が簡単です。簡単な整頓という行為をおろそかにしていると、一歩進んだ整理までは手が届かず、自分のまわりの環境はどんどん複雑化していってしまうのではないでしょうか。

冒頭の写真はアインシュタインの机ですが、このように混乱した机で美しい仕事ができるのは一部の天才に限られるでしょう。

日々、整頓を心がけていれば、机の上はきれいです。朝、オフィスに来たとき、きれいな環境だと元気が出ますよね。視覚面から整えるってことはとても大切だと思うのです。

そういう環境であれば、忙しい日が続いて机の中が混乱していても、時間が空いたときに「今日は整理しようか」という気になれるでしょう。 (下の写真はビル・ゲイツの机です)
ビルゲイツの机の上

このように考えると、「整理が先、整頓は後に行なう」ということも、「整理・整頓を同時に行なう」ということも、実践できる人はいないのではないでしょうか。私は確信を持って「整頓が先、整理は後に行なう」だと思うのです。

小学校から教えられる「整理、整頓をしましょう」という言葉にも問題があります。

「整頓、整理をしましょう」と言葉の順序を変え、子供には整頓と整理の意味の違いを明確にして頭に叩き込ませる。これが後の人生において大きな差につながるはずです。

+++++++++++++++++++++

(追記)
以前、「整理と整頓の違いは何でしょう?」 という記事を投稿したことがあります。もしよろしければ御覧ください。

おじさん度のテスト

おじさん通信簿
ペリカン - M800 (F)
ペリカン - ロイヤルブルー

秋元 康 : おじさん通信簿

気づいたら、”おじさん”になっていた。
僕は、いつ、”おじさん”になってしまったのだろう?
十七歳で放送作家としてデビューし、若い頃から、社会に出ていたので、同世代の青年より老けていたと思う。
さらに、学生時代から二十キロも増えていた体重は、僕から若さを一層、奪っていたかもしれない。
二十代後半のある日、当時、住んでいたマンションの駐車場で、キャッチボールをしていた子供のボールが転がって来た時に言われた。
「おじさん、ボール取って!」
今、思えば、あれが、”おじさん”と呼ばれた最初ではなかったか?
====================

自分が”おじさん”だけに、秋元 康さんの「おじさん通信簿」という本には、腹を抱えて笑わされてしまいました。

秋元さん同様、私も自分が初めて「おじさん!」と呼ばれた日を覚えています。二十代後半、小学校の運動会の手伝いにかりだされました。何かの瞬間に、小学5年生くらいの男の子から「おじさん、○○してくれる?」と声をかけられたのです。「えっ、”おじさん”ってオレのこと?」とショックを受けました。

自分の経験から、男性でも「おじさん」と呼ばれてショックを受けるわけですから、女性の場合は「おばさん」と呼ばれたら倒れてしまうくらいのショックなのでしょうね。

さて、秋元さんは、次の質問に答える形でおじさん度をチェックしてみてほしい、と述べておられます。

++++++++++++++++++++

1)最近、自分から言い出して、焼肉屋に行かなくなった。
2)若い女性と話すとき、なんとなく、「お父さん、歳いくつ?」と聞いてしまう。
3)NHKを観ることが多くなった。
4)朝早く、目が覚める。
5)パソコンはメールだけできればいいと開き直った。
6)同窓会など、昔の仲間に会うことが楽しくなった。
7)ドキュメンタリーを見ていても涙が出てしまうほど、涙脆くなった。
8)以前より、洋服を買わなくなった。
9)時代小説を読むようになった。
10)下着は、ブリーフ型よりトランクス型の方が楽だ。
11)γ―GTPを知っている。
12)独り言が多くなった。
13)”メル・ギブソン”の名前が思い出せなかったことがある。
14)ズボンのことを”パンツ”と呼ぶことに抵抗がある。
15)趣味を持とうと思い、陶芸とかを始めるが、どれも長続きしない。
16)”ウコン”を飲んだことがある。
17)ハワイより京都に行きたくなった。
18)駄洒落を言いたくなるときがある。
19)妻と言い争う気力がない。
20)後頭部に汗をかく。

二十のチェックのうち、半数にYESと答えた人は、間違いなく ”おじさん” である。

++++++++++++++++++++

私の回答は次のとおりです。

1)最近、自分から言い出して、焼肉屋に行かなくなった。
回答:NO。焼肉は苦手ですが、ステーキやしゃぶしゃぶは好きで、よく食べます。

2)若い女性と話すとき、なんとなく、「お父さん、歳いくつ?」と聞いてしまう。
回答:NO。聞かないですけれど、会話の流れで、お父さんと自分の年齢が近いことを知るとき、愕然とします。

3)NHKを観ることが多くなった。
回答:YES。民放で観たくなる番組は限られます。

4)朝早く、目が覚める。
回答:YES。

5)パソコンはメールだけできればいいと開き直った。
回答:実質YES。パソコンは多目的に利用しますけれど、スマホのメールの打ち方すら知らないので。

6)同窓会など、昔の仲間に会うことが楽しくなった。
回答:YES。

7)ドキュメンタリーを見ていても涙が出てしまうほど、涙脆くなった。
回答:YES。

8)以前より、洋服を買わなくなった。
回答:YES。洋服にお金を使わなくなった分、万年筆に、、、

9)時代小説を読むようになった。
回答:YES。昔は”おじさん”が、司馬遼太郎や池波正太郎を読んでいるのをみて「オッサンだなあ」と思っていたのですが、今や面白くてたまらなくなってしまいました。

10)下着は、ブリーフ型よりトランクス型の方が楽だ。
回答:YES。これは中学生の頃から変わりません。

11)γ―GTPを知っている。
回答:YES。血糖値は上限ギリギリですけれど、幸い、γ―GTPは、まだ全然問題ありません。

12)独り言が多くなった。
回答:これは、たぶんNOです。

13)”メル・ギブソン”の名前が思い出せなかったことがある。
回答:YES。いずれにせよ、名前は出てこなくなりましたね。メル・ギブソン、今の若い世代は知ってるのでしょうか? B級映画の傑作、「マッドマックス」は、自分の娘が大人になったら、ぜひ観てほしいです。

14)ズボンのことを”パンツ”と呼ぶことに抵抗がある。
回答:YES。

15)趣味を持とうと思い、陶芸とかを始めるが、どれも長続きしない。
回答:NO。おかげさまでブログもなんとか続いています。

16)”ウコン”を飲んだことがある。
回答:YES。”ノミカタ”にもお世話になっています。

17)ハワイより京都に行きたくなった。
回答:YES。

18)駄洒落を言いたくなるときがある。
回答:NO。

19)妻と言い争う気力がない。
回答:YES。

20)後頭部に汗をかく。
回答:YES。私の場合、後頭部ではなくて額の方ですが。


私の場合、YESが15。完全な”おじさん”ですね。

男性はだれもが ”おじさん” になります。しかし、何も悲観することはありません。秋元さんの次の言葉に私は深い共感を覚えます。

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”おじさん”は”おじさん”で、なかなか、いいものである。
季節が変わるごとに、山の色合いも移ろうように、”おじさん”になって見える世の中の景色も味わい深いものがある。
大切なことは、今、見える景色を慈しむことだ。
”おじさん”の時代を楽しむことができる者は、歳をとることが楽しくなる。
次の”おじいさん”と呼ばれて見える景色は、どんなものだろうかと....。
====================

「今、見える景色を慈しむ」。 いい言葉ですねえ。

玉村豊男 ― 目標に向かって努力するのが嫌い

玉村豊男 プロ論
玉村豊男 プロ論

ペン  : モンブラン146(EF)
インク : ペリカン ロイヤルブルー

私には、夢がありません。小さいころはともかく、大人になってからは夢を持たずに生きてきました。現実だけを見て、そこに解決しなくてはならない問題があったら、その都度、攻略法を考えて乗り越えてきました。私は目標に向かって努力するのが嫌いなんですよ。行き当たりばったりでここまできたんです。

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私の敬愛する玉村豊男さん。「現在の日本において、最も文化レベルの高い人物は誰だと思いますか」というアンケートがあったら、私は玉村さんに一票入れてしまいます。

文や絵のセンスも抜群ですが、何よりも料理のセンスがすばらしい。本やテレビを通じて、玉村さんの料理に対する考え方を見ていると、「料理は頭で作るものだ」ということがよくわかります。

玉村さんがすごいなあ、と思うのは、こうした最高の文化人でいらっしゃいながら、レストラン、農場、ワイナリーなどの経営者でもあること。加えて、お住まいの長野の活性化にも貢献されていることです。

玉村さんには遠く及びませんが、私も玉村さんの生き方を見習って、少しでも近づきたいと思っています。

さて、その玉村さんが述べられた上述の  「私は目標に向かって努力するのが嫌いなんですよ。行き当たりばったりでここまできたんです」 という言葉。いやはや、カッコいいですねえ~

「三ツ星シェフ、ガニェール氏の言葉 人生が夢」でお伝えした、ピエール・ガニェール氏の 「夢というものはありませんね。すでに人生が夢ですから」 に並ぶ、カッコいい言葉だと思いました。

おそらく、玉村さんも、ピエール・ガニェール氏の言葉を見られたら、「うん、そうだよな」 と共感されるんじゃないでしょうか。

「目標に向かって努力」 という言葉を見て、私が連想するのはイチロー選手です。

イチローさんの残す言葉は、さすがに道を究めた人だけあって、重みがあります。こうした言葉は、多くのビジネスマンの励みになっていると思います。

その背景には、「体力の劣るイチローでも、努力を積み重ねることにより、メジャーでレジェンドとなれた。俺も努力を積み重ねれば。。。」 という気持ちがあるのではないでしょうか。

しかし、「努力を続ける」 という才能を持つ人は、ごく一部に限られるわけでして、”その他大勢”は努力を続けられません。もちろん、私も”その他大勢”です。

ということは、”その他大勢”にとって、イチローをイメージした生き方をすると、努力を続けらない自分とのギャップに苦しむことになると思うんですよね。

ですから、いっそのこと、玉村さんみたいに 「私は目標に向かって努力するのが嫌いだ。行き当たりばったりに生きるんだ」 と方向転換してみる、というのも面白いと思うのです。

目標に向かう人生は、その目標から遠ざかると、ストレスになります。

行き当たりばったりの人生は、ストレスがありません。

「自分」 という、予想もつかない映画の主人公を演じる人生。

21世紀となって、そんな生き方が主流になる時代に変わってきているように、私は感じています。
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