自分で自分をデザインする

自分で自分をデザインする
Pen : Platinum Briarwood (F)
Ink : Pilot - Murasaki Shikibu

ひとめでわかる、おトク、刺激的、きれい、優雅、やさしい、誠実 - その総体があなたというブランドだとすれば、それをどういうシンボルマークにデザインすればいいのか、デザインでライトアップしてはじめて、あなたのすばらしさは輝く。

トム・ピーターズ : ブランド人になれ!
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ブランド人になれ
世界トップの経営コンサルタントであるトム・ピーターズが著した 「ブランド人になれ!」 という本は、購入した後、何年もの間、本棚の奥に埋もれていました。

ページをパラパラめくっているうちに、この手のビジネス本を読み漁っていた20~30代の頃を思い出しました。その頃にこの本に出合っていたら、また違った形で吸収できたんだろうなと思いました。

私のように50歳を越え、ビジネスマン人生も終盤にさしかかってきますと、ビジネス書を読んでも、「これだ!」 と響くところは少ないんですよね。感性が鈍くなってきているのかな。。。

そんな中、ガツーンと感じるページに出会いました。「デザイナーにあらずんば、ブランド人にあらず」 という節です。

ステキな文章なので、全文記載します。

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デザインは大事だ。あなたのライバルのほとんどは、このことをわかっていない。まったくわかっちゃいない。

私はデザインのことばかり考えている。デザインに取り憑かれている。デザインを生きている。毎日・・・

そして私は、みなさんにもそうなってほしいと切に願っている。私たちはみな、知らない人に会ったとき、ほとんどデザインで 「自己紹介」 しているからだ (たとえ自分ではそれに気づいていなくても・・・。ちなみに、私はつい最近までそれに気づいていなかった)。

どこへ行こうと、私たちは 「デザインの霊気」 を発している。服装、ヘアスタイル、名刺、報告書の書式、プレゼンテーションのスタイルなどなど。

望もうと望むまいと、どこへ行ってもお天道様とデザインはついてまわるのだから、そしてそのデザインが、ブランド人になれるかどうか、ブランド人として成功するかどうかを大きく左右するのだから、自分のデザインと美しさと運命を自分の手でコントロールしたいと思わない方がおかしい。

ひとめでわかる、おトク、刺激的、きれい、優雅、やさしい、誠実 - その総体があなたというブランドだとすれば、それをどういうシンボルマークにデザインすればいいのか、デザインでライトアップしてはじめて、あなたのすばらしさは輝く。

困ったことに、私たちのほとんどがデザインのことを考えていない。この悲しむべき事態を、私は変えたいと思う。いま、ここで。

私は、あなたがピカソになれるとは思っていない(私は絶対になれない)。

しかし、誰でも、デザインを 「気にかける」 ぐらいのことはできるだろう。世間はいつも、あなたというブランドをデザインで判断しているという事実を、素直に受け入れるぐらいのことはできるだろう。

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日本の多くのビジネスマンは企業に属しています。企業のブランドイメージがあまりに強いので、企業ブランド = 個人ブランド、というように他人からも見られがちです。たとえば 「XX銀行の○○さんね」 というように。

その仕組みが日本では成立しているため、企業に属する人は、「自分のブランドをデザインする」 という意識を持たなくても生きていける環境になっています。

しかし、そのような甘い環境で人生を過ごしてきた人が困るのは、自分が企業から離れた時ですよね。突然、ノーブランド品に成り下がってしまうわけです。

よく、「あの人は引退したら急に老け込んだなあ」 なんて言われる人がいますけれど、「ブランド人になれ!」 を読んで、その理由が自分の中で明確になりました。

企業人である間に、企業のブランドに頼ることなく、トム・ピータースが語る 「ひとめでわかる、おトク、刺激的、きれい、優雅、やさしい、誠実 」、こうした印象を人に与えられるように、自分をデザインしていくことが大切なんですね。それができていれば、引退後も、張りのある生活を過ごせると思うのです。

「自分をデザインする」 ということに意識を向けると、生活の全てがデザインになってきます。

トム ピーターズ
(写真はトム・ピーターズ氏)

トム・ピーターズは 「どこへ行こうと、私たちは 『デザインの霊気』 を発している。服装、ヘアスタイル、名刺、報告書の書式、プレゼンテーションのスタイルなどなど」、と述べていますが、仕事におけるメール一本、電話一本、椅子に座る姿勢、そんなこと細かいことも含め、全てが 「自分をデザインする」 につながってきます。

「ビジネスマン人生も終盤に入ってきたなあ」 なんて呑気に構えていましたが、そんな悠長なことを言っている場合ではないですね。終盤に近づいてきたからこそ、デザインの霊気への意識を高めていかねばならないと、あらためて思いました。

モデルルームを見て即決する人

モデルルームを見て即決する人
Pen : Platinum 3776 Century - Bourgogne (F)
Ink : Platinum - Pink

不動産の価値は、自分自身が住む価値と、よい条件で人に貸せる価値、そして、よい条件で人に売れる価値の3つがあり、それぞれの立場によって価値の重要さは同じではないので、自分に関係が無い価値にはあまり関心がない場合が多いですが、直ちに興味がなくても、不動産を購入する時には、この「3つの価値」を意識しておくと、失敗する可能性が低くなります。

後藤一仁 : 東京で家を買うなら
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すっかりブログ更新もご無沙汰してしまいました。今回はその顛末を、、、

昨年の終盤、私は近い将来に起こりうる実家の建替えについて考えることに熱中していました。録画していた「建もの探訪」のDVDを徹底的に見る日々。私につきあって建もの探訪を連続して見ることになった娘は、同番組のテーマソングが (小田和正さんの“Between the word & the heart –言葉と心–“) 「パパのせいで頭にこびり付いて離れない!」 とクレームしてくる有様でした。

そんな中、家からちょっと離れたところへジョギングしていたところ、マンション建設の現場に出くわしました。前から「こんなところに住めたらいいな」と思っていたところだったので、家に帰ってから、これから売り出されるそのマンションのお値段を調べてみたのです。そうしたら思っていたより安かったんですね。

「あれ、このお値段なら、今住んでいるマンションを売って、住み替えてもいいかな」と感じ、インターネットで「モデルルーム訪問の御予約」の箇所をポチることに。

モデルルーム
(写真のモデルルームは参考例です)

私、これまで不動産は何度か購入していますが、いずれも中古でした。新築を購入した経験はありません。「中古の目利き」としての自負はあるものの、新築に関しては素人同然ですから、「セールスマンのトークには騙されまい」と心を鬼して、妻と一緒にモデルルームへ行くことにしました。

マンションのモデルルーム訪問は初体験でしたが、ありゃええもんですね。

ファーストクラス
JALやANAのファーストクラスも真っ青のVIP気分を味わうことができました。たしかにマンションに比べれば、ファーストクラスのお値段なんてたいしたことないわけですから、当然といえば当然なんですけど。

それでもって登場してきたセールスマンがまた感じの良い方なんです。「その手に乗るもんか、オレは騙されんぞ」と警戒心を緩めず話を聞いていましたが、そのうち、「う~ん、この物件、やっぱり買いかも。。。」と、コンパスは180度方向転換することに。

結局、その場では申し込みをせず、一旦、家に戻ることにしました。頭を冷やして数時間考えましたが、それでも決意は変わらず、「やっぱり買おう!」と決めることに。嫁は呆れていましたけど。

そして翌日、再びモデルルームを訪問し、正式に申し込みをしました。「申し込み」といっても、実際には抽選がありますので、購入契約は当選が確定してからということになります。ただ、現在は高値警戒感もあり、あまり申し込んでいる方もいないようですから、抽選無しで決まる確率が高そうです。

購入を決意したものの、やはり高い買い物ですから不安はあります。先々週には 「2016年、首都圏の新築マンション発売戸数は、バブル崩壊後の1992年以来24年ぶりの低水準となった」 なんてニュースが発表されて焦りました。慌ててマンション業界の市況動向を分析したりする始末。そんなわけでブログ更新どころではなかったのです。

自分なりに分析した結果、東京のマンション価格は底堅いという結論に至りました。その主な理由は次のとおりです (素人の独断と偏見に基づく考えであることをお含みおきください)。

・ 実業家のトランプ氏が大統領となり、アメリカは好景気が続くであろう
・ アメリカの景気が悪化しないかぎり、世界全体も景気は悪くならないであろう (とりわけ東京はオリンピック景気というプラス要因も有る)
・ 日銀は金利を当面、上げられないであろう
・ アジア系を中心に、外国人による東京の不動産購入は今後も続くであろう (もし私が中国人で金持ちだったら、東京に投資します)

今回、購入を考えているマンションの引き渡しは2年後です。私の場合、まずは銀行からローンを受けて代金の支払いを終え、その後に現在住んでいるマンションを売却することになります。

現在のマンション市況は底値圏からだいぶ上げていますし、今回購入予定のマンションも割安とは思いません。しかし、私が住んでいるマンションの中古価格も上がっているので、不動産市況が急落しないかぎり、買い替え計画で失敗することはないと考えています。

とはいえ、契約締結後、この2年の間に中古市況が急落したら大損です。そのリスクは腹をくくって勝負ということになります。

私のマンション購入話はさておいて、数ある候補の中からひとつの家を買うとき、人は「その家」を選ぶなんらかの根拠があります。「なんとなく買っちゃった」ということはないはずです。

上述の後藤一仁さんは、「不動産の価値は、自分自身が住む価値と、よい条件で人に貸せる価値、そして、よい条件で人に売れる価値の3つがある」と述べておられます。

別な言葉で言うならば、「使用価値(通勤や通学に便利だとか、実家に近いとか、学区が良いとか、良い公園がある等、金銭に変換できないリターン)」と「資産価値(投資した額に対するリターン)」と言えます。

この二つの価値の比率をどう案分するかで、その人の個性が出ますね。

例えば「使用価値なんて気にしない。不動産は投資である。資産価値が100%。自分の住み心地を犠牲にしてでも、リターンを狙いたい」という人は、どこか冷たいかんじがします。
金融資産

反対に「私の場合、使用価値が100%」なんていう方は温かみがあるように思えてしまいます。「建もの探訪」に登場するような、自分好みの注文住宅を作る方は後者の側に属すると言えるでしょう。

マンションは一戸建てに比べて金融資産としての性格が強いですから、マンション購入を希望する方の場合、資産価値を全然考えないというケースはほとんど無いと思います。

私の場合、現在住んでいるマンションを決める際には使用価値の方を重視しました。使用価値が70%、資産価値が30%というところです。そんなわけで、今の家はとても気に入っています。

その一方で、以前にもブログに書きましたが、私は京都や滋賀など、日本には住みたい街がいくつもあります。
京都

滋賀

なにせ日本では東京以外に住んだ経験がないので、それで一生を終えるのはあまりにもったいない話だと思うのです。

― 家を賃貸に出して収入を得ながら、いろいろな街に家を貸りて住んでみる

そんな人生ができれば、と願うのですが、今の家は「よい条件で人に貸せる」という価値においては、少し弱いところがあります。

「マンションを買い替えてもいいな」と思うようになったのはそんな背景がありまして、今回は特に、「よい条件で人に貸せる価値」を重視しています。総合的にみて、使用価値40%、資産価値60%くらいでしょうか。

「持ち家は永住するもの」という発想から離れ、人生の設計図をベースに、賃貸や売買を織り交ぜながら、住む家を自在に軌道修正してゆく。変化が激化するこれからの時代、そんな自由な発想が幸福な人生をおくるための鍵になるのかもしれません。

『君の名は』 で、東京の美を再発見

Kiminonawa 1

遅ればせながら、家族で 「気の名は」 を観にゆきました。

映画を観終わって。。。 やはり大ヒットしただけあって、誰もが楽しめる、すばらしい作品だと思いました。

私はストーリーもさることながら、私はこの作品に出てくる、東京の街を切り取った各シーンの美しさに感銘を受けました。

六本木ヒルズのような非日常空間のシーンは別にして、この作品には東京に住む人が日常目にするシーンがたくさん出てきます。そのどれもが光り輝いているんですよね。

kiminonawa 4
電車のプラットフォーム、

Kiminonawa 2
どこにでもある街中の坂。

「えっ、自分がふだん目にしている世界って、こんなに美しいものだったんだ!」 という気づきを、「君の名は」 は私に伝えてくれました。

何気なく過ごしている日々の生活ですけれども、もっと目を見開いて、「そこに埋もれている美」 を見出してゆきたいという思いを新たにした次第です。

Kiminonawa 3
さて、気になったのは、作品に登場するクレーターのシーン。

このシーンを見て、私は昔行ったイースター島を思い出しました。後で妻に聞いたら、妻も同様に感じたそうです。

イースター島
イースター島といえば、ご存知、モアイ像ですよね。

イースター島の噴火口
モアイのイメージに埋もれてあまり知られていませんが、この小さな島には、写真のようなクレーターがあるのです。

小さな山を登りきると、突然、眼下にクレーターの全貌が見えてきます。これがなんとも言えず、美しい。「モアイを作った人々も、この風景を眺めていたんだろうなあ」 と思うと感無量です。妻といっしょに呆然と眺めていたことを覚えています。

映画のシーンと似ていませんか? 

映画は雲上の世界にクレーターがあり、イースター島のクレーターの周りは海という違いがあります。けれどもイメージはピッタリなんですよね。

「君の名は」 のファンの方には、ぜひ一度、あの絶景を見ていただきたいですね。

坪庭を眺めながら読書を楽しめる家

坪庭のある家に住んでみたい
Pen : LAMY - 2000 (M)
Ink : Sailor – Okuyama

寺社の重厚な建物に深く囲まれ、また 「うなぎの寝床」、と呼ばれる町家の中にあって、通気と採光の優れた機能性と合理性を発揮しながら、同時に生活に限りない潤いをもたらしてくれる坪庭は、京に住む人々の知恵と美意識によって完成された一つの素晴らしい庭園様式であろう。

水野克比古 : 京の坪庭
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我が家は現在、東京のマンションで暮らしています。長い間こだわり続けて、ようやく探した当てたマンションなので、今のマンションライフは気に入っているものの、「あなたはここに永住するのですか」 と聞かれると悩んでしまうところ。

そんなわけで、地方移住を夢見て 「そうだ、京都に住もう。」 なんて本を手にとってしまい、永江 朗さんがリフォームされた和の空間にシビれた話を 「家づくりの前に椅子を学べ」 でお伝えしました。

「そうだ、京都に住もう。」 を読んで気づいたことがあります。

それは、私が求めているのは京都という “町” ではなくて、京都を感じさせる “空間” なのだ、ということです。

“空間” でよいのならば、なにも京都に住む必要はありません。

私の両親は現在、都内の戸建に住んでいますが、いずれは私が継ぐことになります。

将来はこの古くなった家を取り壊し、賃貸住宅を作るつもりでいました。しかし、「そうだ、京都に住もう。」 を読んでみて、自分の望む家を作るのも面白そうだと思うようになりました。

なにより、「建築家に依頼して、オーダーメイドの家を作る」 というのは、人生において最高の道楽だと思うんですよね。車や時計や宝石でも何千万円 (あるいは億とか) するものがありますから一概にはいえませんが、一般的には家作りに勝る遊びはありますまい。人生50年、ここまでがんばってきたのだから (妻によると全然がんばっていないそうですが)、自分へのご褒美をやってみようか、という思いです。

そんなわけで10月の途中から家作りの情報を集めることに没頭しておりまして、ブログを書く暇が全然ありませんでした。

さて、「自分の望む家を作ってみよう」 と思うところからスタートしたのはよいものの、よくよく考えてみると自分の望む家の具体的なイメージって無かったんですよね。

理想の家
私の場合、家を建てる土地は決まっているので、問題は建物をどうするかです。想像してみましたが、なかなかピッタリ来るものがありません。

そこで、イメージを膨らませるために、ひたすら 「渡辺篤史の建もの探訪」 の録画を見ることにしました。そうすると、「ああ、こんな家に住んでみたいなあ」 と思う家が出てきます。こんどはその家を設計した建築家のHPを見てみて、作風を研究してみる。そんなことを繰り返すうちに、だんだんイメージが固まってきました。

そのイメージを一言で表すなら 「凜とした家」 になります (笑)

しかし、「ひとつ “凜とした家” をお願いします!」 と建築家に伝えても、言われた建築家も困ってしまうでしょうから、もう少し具体的な言葉にする必要があります。

2016年に放映された 「建もの探訪」 では次のような言葉で各家を表しています。

― 庭へ続く土間ダイニングの家
― 中庭を巡る“の”の字型の家
― 居住空間を広げる 庭まで包む壁
― 枠で懐かし! 黒塀と路地庭の家
― 中心は吹き抜け 方形屋根の家

同様のイメージで、自分のオーダーメイドの家を表すとすればどうなるか。

― 坪庭を眺めながら読書を楽しめる家

これに落ち着きました。

親の家は住宅密集地帯の狭小地。窓を開けると隣のお宅と目線が合うので、お互いにカーテンを下したままです。そんな場所ですから、当然、庭もありません。

都心ではそうした住環境があたりまえかと思っていましたが、「建もの探訪」 を見て、工夫しだいでは坪庭をつくることにより、小さいながらも自然を身近に感じつつ、外部の視線を遮って暮らす環境をつくることが可能であることを知りました。その鍵となるのは坪庭です。

よく考えてみれば、「住宅密集地帯の狭小地」 という住環境は、京都においては何世紀にもわたって続いてきたわけですから、そこから生まれた 「坪庭のある町家」 という建築様式にこそ、都心部の狭小地において豊かな住環境を作り出すヒントが潜んでいるはずなのです。

京の坪庭
そこで、「京の坪庭」 という写真集を見て、自分の好きな坪庭を探してみました。

龍源院 坪庭
上の写真は龍源院。個人的にはこういう無駄を削ぎ落した石庭って憧れるんですけれど、石庭はやはり禅寺向きかなあと。家であるならばもう少し温かみのある庭の方が良さそうです。

いろいろ迷った挙句、今のところは次の庭をお手本にしたいと考えています。

鳥居家 坪庭
― 鳥居家の坪庭

久保家 坪庭
― 久保家の坪庭

実際にはこんな純和風にはできませんから、もっと洋風のあつらえになると思いますが、坪庭を囲む縁側は絶対に譲れないポイント。縁側に座って、あるいは寝転んで、そよ風に吹かれながら読書を楽しむ。これを極楽と呼ばずして、何と呼びましょう。

庶民の私にとっては、孫 正義さんや柳井 正さんの豪邸よりも、そんな坪庭のある小さな家の方に魅力を感じてしまいます。

魯山人の愛した海苔の茶漬け

魯山人の愛した海苔茶漬け
Pen : MONTBLANC - 146 (EF)
Ink : Pelikan – Royal Blue

これから私が話そうとするのは、もっと手軽なのりの茶漬けである。
それは、いいのりをうまく焼いたものか、焼きのりのうんと上等のを、熱いご飯の上に揉みかけ、その上に醤油をたらし、適当にわさびを入れて、茶を注げばよろしい。

北大路 魯山人 : 魯山人味道
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海原雄山
グルメまんが 「美味しんぼ」 における、もう一人の主人公といえば海原雄山。

魯山人
前稿で 「まるで美食の限りを尽くした大家が、最後に行き着いた究極の美食は お茶漬けだった、というようなかんじです」 と書いたとき、海原雄山のモデルと称される、北大路 魯山人のことを思い出しました。

魯山人が残した功績、それは 「美しい器を用いることで、料理はその輝きを増す」 ということを見出した点にあると言われています。魯山人の没後も、日本の料理界は魯山人の思想を礎として発展を続けており、今日では和洋中を問わず、数多くのレストランが器で楽しませてくれるようになりました。

「器へのこだわり」 は長い間、日本の特徴だったわけですが、近年、この流れは世界へ広がりを見せています。世界最先端のレストランにおいては、シェフが器に細心の注意を払うケースがよく見られるようになりました。

mirazur 01

mirazur 1

* 写真は ”The World's 50 Best restaurants 2016” で、第六位に選ばれたフランスのMirazurの料理です。

そう考えますと、魯山人は料理界に大いなる変革をもたらした存在と言えるわけでして、日本は世界に向けて、魯山人の業績を積極的にPRしてゆく必要があると私は感じています。

話はかわりますが、「魯山人味道」 という、魯山人が記した、美食に関するエッセイを集めた興味深い本があります。
魯山人味道

この本にはお茶漬けだけで、それぞれ個別のエッセイとして、次の十章がおさめられています。

― お茶漬けの味
― 納豆の茶漬け
― 海苔の茶漬け
― 塩昆布の茶漬け
― 塩鮭・塩鱒の茶漬け
― 鮪の茶漬け
― てんぷらの茶漬け
― 鱧・穴子・鰻の茶漬け
― 車蝦の茶漬け
― 京都のごりの茶漬け

これを見ただけで、魯山人がどれほどお茶漬けを愛していたかがわかりますね。

海苔茶漬け
いろいろと並ぶお茶漬けのなかで、最もシンプルなのは 「海苔のお茶漬け」 でしょう。

なんのことはない、ただの海苔茶漬けであっても、このエッセイを読むと食通としてならした魯山人ならではのこだわりが随所に感じられます。

まず、
― 海苔の分量は、一椀に一枚か一枚半を使うこと。
― 茶は上等の煎茶をよしとするが、鰹節と昆布の出汁をかけてもよい
としています。

そして、肝心のポイントは 「海苔の焼き方」 にあると説きます。海苔の焼き方は、「その人の料理に対する教養がものをいう」 とまで魯山人は言うのですから、魯山人に料理を供した方は、気の休まる時が無かったことでしょう。

私はうかつにも知りませんでしたが、海苔は両面を焼いてはいけないそうです。両面焼くと、海苔の香りが失せてしまうからだそうです。

海苔を焼くのに電気コンロが一番よいとのこと。

電気コンロ
魯山人のいう“電気コンロ”は、おそらく上のようなモノだと思います。この電気コンロの使い方ひとつでも、魯山人ならではのこだわりがありました。

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これもスイッチを入れて、すぐにのりをかざすのはいけない。コンロの熱量が含んでいる湿度がなくなるまで待ってから、焼く心得があってほしい。
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こうしてできた海苔茶漬けは、「こんな茶漬けをよろこぶ者は、通人中の通人に属するだろう」 とのこと。天下の食通、魯山人にそういわれてしまうと、海苔茶漬けを食べて、「やっぱり海苔茶漬が最高だなあ」 という言葉が思わず漏れてしまうような自分になりたくなってしまいます。

「海苔茶漬け」 のエッセイの最後は次の言葉でしめくくられています。

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すべての料理のうまい秘訣は、こんなちょっとした注意にある。なるほどそうだろうと分ってみても、聞くだけではだめだ。直ちに、よし来た - とばかり実行する人であってほしい。
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この言葉が書かれたのは昭和七年。

今から84年前に魯山人の残したこの言葉には、料理にかぎらず、全ての仕事において通じる真実が潜んでいるといえそうです。
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